由宇はいつも屋根裏部屋に寝ていたから、てっきりそこが彼女の部屋なんだと思っていた。
 薄暗い室内には、ベッドと本棚、卓上ライトが三つ、そして文明の利器パソコン。それだけだ。しかし本棚はびっしりと埋め尽くされていて、初めて見た時は圧倒された。
 自分自身あまり本を読まない事実も手伝い、心なしか輝いて見えた。
「あの子、あの部屋から出たがらなくって。病院に連れていくにも一苦労だったのよ」
 帰る時、彼女の母親がぼやいていた。それは諦めにも近い響きを持っていて、由宇がいかに、今までの人生を自分勝手に過ごしてきたかを物語っていた。
 輝いて見えた事実を撤回し僕は少しばかり憤ったが、果たして堂々と「周りのことも考えてみたらどうだ」と、言えるかどうか悩んだ。人のフリ見て我がフリ直せとは、よくいった言葉である。





 中学校三年生になって新しいクラスも発表となり、しかし表情には高揚感を出さないようにして、僕は自分のクラスへと急いだ。
 何人かの友達とはまた一緒のクラスになり、とりあえず初っ端から孤立する事がなく安堵する。
 担任の先生が来るまでそれぞれが好き好きに着席し、玉石混合となる。僕は窓際の最前列でだべっていた。
 しばらくしてチャイムが響き、久方ぶりの緊張感を味わう。担任の先生も併せるかのようにやってきた。
 そして中学生活最後の一年間が始まろうとしていた。しかし最後とは言っても、受験ぐらいしか主立った変化はない。
―――その空白を見つけるまでは、そう意識する事もなかっただろう。
 配られたプリントを後ろに回す時、偶然、最後尾の席が視界に入った。このクラスは四十人で、机も椅子も四十である。しかし最後の席はぽっかりと空いていた。四十の中の一つが欠けているのだ。
 でも深く考える事なく、風邪でも引いたのかな、と曖昧に結論付けた。
 ここで話が終わっていれば、僕はやはり今まで通りのんべんだらりと学校生活を送っていたに違いない。
「よし、じゃあこの後は体育館に集合だ。遅刻しないように」
 先生の話が終わって、静かだった教室は突如息を吹き返し、喧騒に包まれる。僕もそのうちの一つで、早速友達とくだらないことを話しつつ、教室を出ようとしていた。
「ああ、河野はちょっと残れ」
 ターニングポイントだった。





 量子力学、天文学、物理学、心理学、生物学、化学、犯罪学、数学、統計学。
 由宇はとにかく、本を読むことに全精力を注いでいたと言っても過言ではない。元々丈夫ではない体なのに、痛めつけるかの如き勢いだった。
 中学生がおそらく読むものではない本も彼女は徹底的に読み、分からない事があれば「分からない事があるなんてありえない」と言い、次の訪問時には得意げに解説をして見せた。努力と理解力の怪物である。
「分からない事をそこで放り投げちゃうなんて、わたしは我慢できない。思考停止ほど愚かな行いはないもの」
 とんでもない十四歳である。こんなセリフがさらっと出てくるなんて、漫画ぐらいである。現実でこういった類のセリフを言う奴は俗に「近寄りたくない、関わりたくない」で表せるが、由宇の場合は違っていた。彼女は実践をし、正にその通りにしてしまうという説得力を持っているのだから。
「タキも駄目よ。分からない事は自分で徹底的に洗って、もしそれでも分からないなら、人に訊きなさい。いい?」
 周りにも強制してくる始末だ。なんとも唯我独尊で、こんなに健康そうな病人なら学校に来ればいいのに。
「わかってるよ」
 それに頷く僕も僕だ。でも由宇が言う事は概ね正しい。自分で考えるという事は自身の血肉を肥やす事になるからである。由宇に説明をさせると原稿用紙が専門用語の羅列と持論で五十枚は埋まってしまい、僕にもそれについての考察を求めてくるので、反発するわけにもいかないのだが。
「……」
 と、突然由宇が灯りを少しだけ暗くした。そして布団を頭から被って、顔だけを出している。
 すかさず灯りを元の明るさに戻した。そして、やはり。
「顔色が悪いぞ」
「わ、悪くないもん」
 語尾に「もん」。決定的だ。癖なのかどうかは知らないが、由宇は嘘をつく時に「もん」を語尾につける。自分でも気付いていないのであろう。これで僕に対しての嘘はもう五十回以上にはなるだろう。
「ほら、横になってろ。そろそろ病院の時間だろ? それまで暖かくして寝てろ」
「…………」
 無言で目を細くし、睨んでくる。知識だけは一丁前でも、やはりまだ年相応なところもあるのだ。
「無理して起きてると、頭だって弱るんだぞ。僕だって弱る」
「……わかった」
 渋々だが「もん」がないので、納得してくれたようだ。
「それじゃあ僕は帰るから。また明日な」
「…………うん」
 消え入りそうな声で由宇は返事をし、寝床に潜り込んでいった。その様を見届けると、僕は屋根裏部屋を後にした。





「本当はね、由宇の部屋は別にあるのよ。でも物が多く置けるからって、あそこにべったり」
 由宇はいつも屋根裏部屋に寝ていたから、てっきりそこが彼女の部屋なんだと思っていた。
 薄暗い室内には、ベッドと本棚、卓上ライトが三つ、そして文明の利器パソコン。それだけだ。しかし本棚はびっしりと埋め尽くされていて、初めて見た時は圧倒された。
 自分自身あまり本を読まない事実も手伝い、心なしか輝いて見えた。
「あの子、あの部屋から出たがらなくって。病院に連れていくにも一苦労だったのよ」
 帰る時、彼女の母親がぼやいていた。それは諦めにも近い響きを持っていて、由宇がいかに、今までの人生を自分勝手に過ごしてきたかを物語っていた。
 輝いて見えた事実を撤回し僕は少しばかり憤ったが、果たして堂々と「周りのことも考えてみたらどうだ」と、言えるかどうか悩んだ。人のフリ見て我がフリ直せとは、よくいった言葉である。
「でもあなたが来てくれる様になってから、あの子ちょっとずつ明るくなってきたの。病院も嫌がらなくなったわ」
「……」
「ありがとうね、河野くん」
 こう、正面切ってそんな事を言われると、返って恥ずかしい。
「し、失礼します!」
 慌てながら僕は靴を履き、帰路に就いた。





 それは初めて聞く名前だったので、三年生になって初めて一緒のクラスになった人なんだなと思った。
 生まれつき病弱であまり学校に来ていない女子らしい。住所が近い生徒は他にもいるが、先生曰く、「お前面倒見がいいから頼む」だった。なんともわかりにくい方程式だ。まあ、その理由は後々嫌になるほど思い知らされるので、ここでは割愛。
 新学期を迎えたので教科書類を届けてほしいとのことである。先生の様子を見るに、何かしら「問題」がありそうなのは明白だった。
 しかし僕はそう思いつつも逆らわず、素直に頷いた。あの時の先生の複雑な表情は忘れられない。
 放課後になると僕は重い荷物を抱え、件の女子生徒の家へと向かった。
 電柱の住所表記を頼りに、聞いた住所を探り当てていく。やがて、学校から二十分ほど離れた団地に、その家はあった。
「あ、あったあった。『安藤』さんだ」
 閑静な住宅街のちょっと外れにある大きい家が目的地だった。早速チャイムを押した。
 電子音がして、しかし誰も出てこない。
 もう一度押す。
「…………」
 誰も出てこない。
「……留守かな?」
 まいったなぁ。と本当にまいりつつ、どうしようかと思っていると。
「……?」
 頭に何かが当たった。
 何事だろうと周囲を見渡すも、怪しげな気配はない。
「……」
 また当たった。その謎の襲撃は一分の間に三回行われ、僕は三回目でその正体に気付いた。
 地面に転がっているのはくしゃくしゃに丸まっている紙だ。拾い上げなんとなく広げてみて、
『 バーカ 』
 固まった。それはもう石像に負けじと固まった。二枚目は『 アホ 』。三枚目は『 マヌケ 』。
 怒りと言うよりも、不可解だった。確かに僕は馬鹿と言われるようなこともあるし、それは拒否できない事実だ。しかし、こういった見ず知らず(かどうかは知らないが)の人に『 バーカ 』と黒マジック(おそらく極太)でデカデカと誹謗中傷される謂れはない。
 頭に命中させられた事実も踏まえ、それは上からのものと読んだ。そしてすぐさま上を見る。
「う」
「……」
 正に、目が合った。振りかぶっている体勢のまま固まっている女の子は安藤さんちの人だろうか。と言うか、おそらくはこいつが先生が言っていた「安藤由宇」に違いない。
 なるほど納得。先生の再三の訪問もこうやって追い返してしまったのだ。
 安藤由宇(仮)は未だ固まったままで、次の挙動をどうしようかと考えているようだった。もしも僕が彼女の立場だったとしても固まるであろう。何せ、自分の次の行動を読まれてしまったのだから。
「ふ、ふんだ」
 捨て台詞を残して、彼女は窓を閉め、カーテンを引いてしまった。位置からして、あそこは屋根裏部屋だと考える。
 さてどうしよう。家の人が応対に出てこないのであれば、家には彼女一人ということになるが、あの態度からしてにこやかな接客は望めない。むしろ追い返そうとしていた。
「…………」
 なんとなく両手で拡声器の真似事をした。
「安藤由宇さーん、あなたは完全じゃないけどたぶん包囲されているー。至急窓を開けて僕と険悪な雰囲気でお話しましょー」
 説得する気皆無の呼びかけだった。自分でも思いつくまま言ってみたので、効果は期待できない。
「……駄目かぁ」
 やはり予想通り、窓は開かない。
 しかしここで諦めてはいけない。諦めたらそこで終わりとどこかで読んだし。恐らくは、ちょっとだけ負けず嫌いの性格が顕れたのだろう。
「安藤由宇さーん。学費が勿体無いとは思いませんかー。せめて教科書ぐらいは受け取ってくださーい」
 まったく開かない。
「安藤さーん、田舎のおっかあもおっとうも泣いていますよー」
 全然開かない。
「安藤由宇さーん。呼んでみただけー」
「―――うるさいわねっ、聞こえてるわよ!」
 開いた。それもまた勢いよく。
「あ、開いた」
「開いた、じゃないわよ! うるさくって集中できないじゃない! 受け取ってやるからさっさと上がってきなさい! 鍵開けてあげるから!」
 まくし立てられた。なんだ、元気じゃないか。教科書の束と鞄を抱えて、僕は安藤家のドアへと近付いていく。
「…………っ」
 その際に、咳のような音が聞こえた気がした。





「ほら、受け取ったからさっさと帰りなさいよ」
 扉が開いて教科書を靴箱の上に置くよう命令されると、次に直帰を命じられた。なんと横暴な上司だろうか。中学三年生でこんなに捻くれているなんて、先行きが限りなく不安に思える。
 でも長居する理由もないので、僕は「うん」と頷いて踵を返す。
「それじゃあ」
 おそらく教科書を渡しても、彼女は学校へは来ないだろう。先程の態度を見れば一目瞭然だ。先生も半ば諦めたような感じだったし、報告はあったことをそのまますればいい。
「……ごほっ」
 ドアノブを捻ると同時に、またもや咳のような音―――
「ごほっ、ごほっ」
 じゃない。「ような」じゃない。これは咳だ。
 振り返ると安藤由宇はその場に蹲っており、胸を押さえながら苦しげに息を吐いていた。
「大丈夫か!?」
 反射的に駆け寄って、声をかけていた。しかし、
「……い、いつものこと、こほっ、だから、平気よ、とっとと帰ってよ、ごほっ」
 全然大丈夫に見えない。こんな状態で帰ってしまっては、僕は自分で自分を悪役と認定しなければいけない。それは全力でお断りだ。
「とにかく部屋に運ぶぞ。その状態での「帰れ」は「帰らないで」と受け取るようにしてる」
「…………わかった」
 彼女の体を支えながら、指示通り部屋へと運ぶ。思った通り、屋根裏部屋だ。
「ほら、ベッドに入って布団をかぶって。四月になったとは言ってもまだ冷えるんだから」
「……う、うるさいわね。分かってるわ」
「いいか、病弱なのは自分でも分かってるんだろう。そういった人たちは自分の健康に人一倍気を遣わなきゃいけない」
「あーもー、分かってるわよ!」
 安藤由宇は、終始不機嫌だった。





「最近はちょっとこっちを重点にしてるの」
「……哲学?」
「そ、哲学。学問系はあらかた読んじゃったけど、哲学はまだ手を付けてないから」
 夏休み前の蒸し暑い日、由宇が僕に差し出した本はそういう系統のものだった。
 本棚の数はいつの間にか部屋の壁を蔽っていて、小さい図書室のようにも見える。ただし、司書の性格に難がありすぎるのが問題だ。
「宗教じゃないけどさ、誰でも思うじゃない。『天国ってあるのかな』って」
 空を仰いでいる由宇の表情は分からないが、口調はやや物悲しく感じられた。
「分からない事は氷解させるのが信条だし、わたしはわたしなりの天国を見つけることを当面の課題にするわ」
「そか」
 天国の定義はなんだろうか。ふと考える。
 でもすぐに答えは出る。そんなものは人それぞれ。答えは考えの数だけ存在する。
 由宇だってそんな事は分かっているだろう。しかし、僕はそんな彼女の姿勢を応援しよう。
 だから僕は返事を短く切った。





 二回目の訪問はその翌日にした。ちゃんと咳が止まったか気になるし、まだ重要な事もやっていないのだ。こういうのは間を空けない方がいい。
「安藤由宇サーン、スシー、ゲイシャー、ハラキーリー」
 そして昨日のように外からわけのわからない呼びかけ。効果はまったく期待できない。
「……また来たの」
 しかしその日はすぐに窓が開いた。昨日よりは具合も顔色も良く見える。自分も捨てたもんじゃないなぁ、とちょっと嬉しい。
「……で、今日は何? プリント?」
「いや、何もないよ。ただ来てみただけ」
 沈黙という漣が音もなく、両者の間を行ったり来たり。あ、窓が閉まった。閉まっちゃったよ。
「おーい、安藤さーん、安藤さんってばー」
 返事はない。
「安藤ー、ミキティー、安藤ー、トロワー」
 返事はない。
「おーい由宇たーん、開けてよーぅ、由宇たーん、大切な話があるんだよーう」
「気色悪いわー!」
「お、開いた」
「キー!」





「河野太紀、三年一組、よろしく」
「…………」
 玄関先で二度目の会合。昨日は教科書を届ける名目だったが、今日はただ単に遊びに来ただけであったりする。
 そして出来なかった自己紹介を済ませたわけだが、なぜか安藤由宇は固まっている。固まっていると言うか、この顔は呆れている表情だ。
「……まあ、名前は分かったけど、大切な話って何?」
「いや、玄関先で話すと長くなるからさ。出来れば君が落ち着ける場所がいいんだけど」
「あんたがいないところなら落ち着けるわよ」
 うおっ、厳しっ!
 でも負けない。理由は以下略。
「まあそんな連れない事言うなよ奥さん。互いに損はないから」
「誰が奥さんよ……、まあいいけど」
 てっきり激昂されて怒られると思ったが、安藤由宇は素直にも家への上陸を許可した。疲れているようにも見えたがきっと気のせいだろう。
 通された場所は昨日の屋根裏部屋。昨日はよく見る余裕がなかったが、改めて見てみると、ベッド、本棚、ライト、パソコンと随分と殺風景な部屋である。女の子の部屋とは到底思えない。
「で、何よ話って」
 ぶっきらぼうに核心に切り込んでくる。余計なものがない、シンプルな問い掛けだ。
「まあなんだ。知り合って二日目でなんだが」
「なんだが?」
 僕は右手をゆっくりと差し出した。
「友達になろうゼ☆」
 補足だが、☆は精一杯のお茶目である。
「……それだけ?」
「うん」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「……………ちょっ、それ反則……ぷっ……」
 途中で沈黙に耐えられなくなりにらめっこに移転したところ、ヒットしてしまったようである。
「人の顔で笑うとは失礼な。罰として僕と友達になりなさい」
「あ、あんたが笑わせたんでしょーが……」
 安藤由宇への打撃は三塁打どころかランニングホームランっぽい。まだ顔を背けていて、思い出し笑いを多発している。
「……こほん、ま、まあそこまで言うなら、い、いいわよ」
 いくばくか笑ってから、安藤由宇は差し出したままの僕の右手を握り返した。契約成立である。





「……」
「……な、何よ。ジロジロ見て」
「いや、嫁に行く娘を思う父親の気持ちが理解できただけ」
 夏休みが明けて登校一日目の事だった。休みが終わる一週間くらい前からなぜか出入りを禁止されていたが、理由が分かったので安心である。
 素直に病院に行くようになってから由宇の体調は少しずつ回復していき、そして今、彼女は制服を着ているではないか。病弱な事に変わりはないが、こうやって学校に来るとは、いやはや驚いた。
「学校はくだらないんじゃなかったっけ?」
「い、いいいじゃない別に。た、担任がどうしてもって言うからよ」
 その光景は見ていない僕でも容易に想像出来る。嗚呼不憫也先生。
 まだ本鈴が鳴るまで時間がある。黒板には先生が決めた席順が書いてあり、自然と足は前に向かう。僕の席はいいが、気になるのは由宇の席である。
「あ……」
「お」
 由宇が短く声を上げると、僕もそれに続いた。彼女の席は僕の隣だった。先生の計らいに違いなく、僕としては心境複雑である。





「そういや、哲学は進んでる?」
「あぁ、もう終わったわよ」
 お馴染みになった屋根裏部屋での一時、いつしか彼女が言っていた事について訊ねた。すると由宇は満面の笑みを浮かべ、得意げにそう言った。
「あれ、でも終わったんならいつもみたいに講釈垂れないのかね」
「あ、ああー……、……うんまあいいじゃない。たまにはなくても」
「……珍しいこともあるもんだ」
 いつもなら先程の得意げな笑みの後に「うんたらかんたらあんたらこんたら」と始まるが、本当に珍しいことに、由宇がしおらしい態度だった。今までの経験からして、何かを企んでいるのではと邪推してしまう。
「なんか企んでるんじゃねーかって顔になってるわよ」
「ぐっ、遂に人の機微を読むようになったか。お前に教えることはもう何もな「はいはい」
 非常に悲しくなってきた。出会った当初はこんなんじゃなかったのに、いつの間にやら手練になってしまわれた。嬉しいやら悲しいやら、正に複雑怪奇。
「……と、そろそろ病院だろ、お前」
「うん。もう行かなくても大丈夫なのに困るわ、お母さんってば」
「まあそー言うな。由宇のことを心配してるんだから」
「……ん」
 顔を背けて窓を見やる由宇。照れている動作だ。時間にすれば半年には届かないが、自分でもよくここまで辿り着けたと感心してしまう。先生が言っていた「面倒見がいい」の意味を改めて実感した。
「……じゃ、また明日学校でな」
「うん」





 天国への扉を叩け。
 わたしが今いる場所は、扉の一歩前。もう一伸ばし。
 天国への扉を叩く。
 恥ずかしいから言わないけれど、わたしの天国は今、すぐ傍に。