夢というものがある。

 科学的に言うなら、脳が、記憶している情報の処理をしていて、その情報の断片を視ることだとか。

 それならば、「私」が視ているものは夢なのだろう。

 同時に「声」のようなものも響いてきたものだ。

 囁きかけるようで、激しい訴え。激しいようで、優しい旋律。

 「私」はいつ頃からその『夢』に迷い込むようになったのか。

 謎は解けない。解く術もない。

 でも、「私」は今日も夢を視るだろう。

 純白の雪のカーテンのように真っ白い舞台で。






























 『VOICE』































「それじゃあ、お先に失礼するね」

「あれ? 部長、今日は早いんですね」

 急いで部室から出ようとする少女を、陸上部員の一人が呼び止めた。

「ちょっと、人を迎えに行かなきゃいけないんだよ」

 急いでいる割には、口調は落ち着いている。しかも、その表情はとびきり明るい。

「あ、名雪。もしかして噂の従兄?」

「噂の、ってほどじゃないと思うけど、そうだよ」

 名雪と呼ばれた少女がのんびりした口調で言うと、部員達は全員にんまりと底抜けて明るい笑顔を浮かべた。

「嬉しそうですね、部長」

「え? そ、そうかな」

 ばればれであった。表情を上手く隠せないらしく、これでは部員達の思う壺だろう。

「もしかして名雪、その従兄のこと好きなんじゃない?」

「え、え、えぇ〜!?」

 何故か名雪は思い切り驚き、大声を張り上げた。

「ほーら、図星だー」

「う〜、と、とにかくお疲れ様!」

 ばだんっ!

 強引に話を遮断して、名雪は、部室の扉を勢いよく閉め、全力で走り始めた。

「みんな極悪なんだから……」

 そういうも、しかし表情は緩んでいる。

「7年かぁ……」

 言葉にするには簡単な言葉だったが、それは彼女にとっては長すぎる時間だった。

「私は、今でも……」

―――好きなのかな?

 ぼぼっ。

「!!」

 自分で言って赤くなる。通行人から見れば、滑稽な事この上ない。

「と、とにかく急がなきゃ」

 腕時計を見ると、時刻はすでに約束の時間に1時間半を上乗せした時間になっていた。

「……待っててね」

 真摯な表情で呟いて、名雪は一層早い速さで駅前へと走っていった。
































 今ではすっかり昔の面影を失くした場所を、長い黒髪をリボンで束ねた少女は無表情で見つめていた。

 その右腕には西洋の剣が握られていて、抜き身の刀身はぎらりと鈍い輝きを発している。

「……また、増えた」

 どんよりとしたグレーが空に増え始めると同時に、少女もまた、異質な気配が増えたのを感じ取った。

(最近、前よりも気配が濃くなった……?)

 同時に疑問も増える。

「……」

 しかし考えてもしょうがないと考えたのか、少女はその建物の中へと向かい歩き始めた。

「……関係ない」

 ひゅん、と剣を素早く、そして空を斬るように振るう。

「全部倒せば済む話」

 冷淡だが、はっきりとした意思が込められた言の葉。

 人の気配がない建設物に向かって少女は歩みを止めず、睨みつける。

 ちらほらと雪が舞い始める。

 美しい、と誰しもが思うもの。だが、この雪国ではもう見慣れたもので、誰も空を仰がない。

「……?」

 だがこの少女は違った。

 なにか懐かしい感覚に突き動かされ、空を見やったのだ。

(これは……何?)

 『こえ』が聞こえた。そんな気がした。

「……」

―――なに、この感じ……。

 不思議なその『こえ』は、優しく少女を包み、とある記憶を呼び覚ます。

「……っ……!」

 ぐにゃりと視界が揺れた。だが、それは一瞬で元の形を取り戻しす。

「……」

 しかしただの立ち眩みと断定して、少女は再び歩き出した。

 今日も、夜の戦いが幕を明ける。






























 ぼすん、と一人の小柄な少女がベッドにうつ伏せになるように身を投げた。

 ボブカットの髪がさらさらと微弱な風に揺れ、美しい空間を演出する。

「はぁ……」

 甘いようで、しかし気だるさを込めた溜息を、少女はゆっくりと吐き出した。

「もう時間がないんだよね……」

 呟いて、壁にかけてあるカレンダーをじっと見つめる。

 赤い丸がとある日にちにつけられていて、少女の視線はその一点に注がれていた。

―――2/1。

 彼女の視線が何を意味するかは解らない。だが、ただの2月の始まりとは考えにくい。

 それほどに、暗く、寂しく―――悲しい視線。

「はぁ……」

 次第に溜息の数が増えていく。

 しかしそれでも彼女のブルーは終わらない。終わるどころか、終わりさえ見せない。

 部屋の中は溜息以外の音は形を潜めていて、まるでこの空間だけが異世界のような、そんな佇まいさえ見せている。

「私、このまま―――」

―――消えてなくなるのを待つだけなのか。

「―――っ!」

 言いかけて、自分の言葉を途中で遮る。

 それは何故か。理由は解らないが、ひどい恐怖の気持ちが、彼女を支配したのだ。

「―――変なの」

 もう、そんな気持ちさえ起きないはずなのに。

 奇跡さえ起きれば何とかなる。

「でも、起きないから奇跡って言うんだよね……」

 それは自嘲を含む、諦めの言葉。

 様々な考えを張り巡らせながら、自らを落ち着かせるように、少女はゆっくりと深呼吸をした。






























 小高い丘を、一陣の風が吹きつけていた。

 びっしりと地表を覆う草木をしばしの時間横に薙いで、その風はどことも知れず姿を消す。

「……?」

 いつのまにか少女が一人存在していた。

「あたし……?」

 呆然と立ち尽くし、柑子色の髪の少女はただ、丘を優しく包む新しい風に身を委ねている。

 やがてその風もまた、行方を眩ました。

 丘にはこの少女が一人だけで、その他には草木以外、何もない。

「……あぅ?」

 小さくうめくと、少女は視界に入ってきた白いものに視線を奪われた。

「きれい……」

 どこかで見たような白い珠玉。

 冷たいけど、あったかいようなくすぐったい感覚。

 ぐぅ〜。

「……あぅ〜」

 しかし生理現象には逆らえず、おなかが可愛らしく音を立てて唸った。

「おなか空いたよぅ……」

―――でも、ここで待ってれば、また来てくれるよね。

「……あれ?」

―――何が来てくれるんだっけ?

 自然と出てきた考えなのだが、すぐにそれはかき消された。

「あぅ〜」

 無限に続くが、終わらせられる自問自答を投げ出して、少女はのそのそと歩き出した。

「なんだかわからないけど……」

―――無性に腹が立つ。

 思考の末の副産物なのか、少女は心に憎しみを抱いていた。

 それは何に向けられるものなのか、誰も知らない。

「あ」

 そういえば。

「あたしの名前……、なんだっけ」






























 木々に囲まれた狭い雪原に、一つだけ大きい切り株があった。

 その切り株の上には何も存在しておらず、寂しい雰囲気を醸し出している。

「……」

 刹那、風が吹いて、その風音が止むと同時に、音もなく切り株の上に少女が現れた。

「……あれ?」

 間の抜けた声を発して、そのセミロングの茶髪を持つ少女はきょろきょろと辺りを見渡す。

「ボク、なんでここにいるんだろ?」

―――確か……。

「確か……、なんだっけ」

 真面目な顔から一転、眉を顰めて「うぐぅ」と奇妙な声を上げた。

「あ、そうだ!」

 と、何か思いついたらしく、自分が座っていた切り株の上から飛び跳ねるように立ち上がった。

「おなかが空いたらたい焼きだよねっ」

 180度先ほどとは違う考えを弾き出して、少女は嬉しそうに歩き出す。

 降り積もった雪の上に足跡が残り、また新しい雪がそれを覆う。期間限定の永久期間といったところか。

 どくん。

「―――え」

 体が熱い。

 滾るように。

 まるで必死に訴えるかのように。

「……?」

 肩越しに振り返り、少女は視線を白い地面の一転に集中させた。

「気のせい、かな」

 そこには何もありはしない。あるのは、彼女の足跡を侵食していく白い粉雪。

 気がつけば、体も別段熱くはなかった。

「それじゃあ、たい焼き屋さんに行かなきゃ」

 「うぐぅ〜」と今度は先刻とは違い、嬉しそうな奇妙な声を発して、軽快なステップで少女は森から姿を消した。































「ふ〜」

 やけに落ち着いた様子でベンチに座っている少年が一人。

 おもむろに空を見上げ、息を吐いた。白く輝く息はすぐに空気に溶け、形を失う。

「遅い」

 約束の時間は1時。今現在、2時40分。

「忘れてるんじゃあるまいな……」

 ありうる。なにせ、迎えが従妹の少女なのだから。

「変わってないのか……? 七年前と……」

 空白の七年を少年は抱えていた。

 理由は不明だ。とにかくこの街には来たくなかっただけである。

 しかし今は来なければいけない理由があった。

「転勤だなんて、うちの家族も突発的だよなぁ」

 一人暮らしを申請したはいいものの、呆気なく却下された。

 しかし海外よりも国内なので、少年は雪国の親戚に住まわせてもらうという条件で承諾を得ていた。

 そして今日、迎えが来るはずなのだが―――。

「2時50分」

 もうすぐ、約束の時間から2時間が経過する。

「寒ぃ……」

 雪が視界を覆うほどにたくさんで、ある意味幻想的ともいえる。

 だが少年にそんな情緒を楽しむという余裕はない。

 寒いのだ。とにかく寒い。

「はぁ……」

 新しい暮らしが始まろうとしているのに、しょっぱなからの悲惨な事態を少年は嘆いた。

 また空を眺めようと思い、上を仰ぐ。











「雪、積もってるよ」










「そりゃ、2時間も待ってるからな」










 始まりは二人の『こえ』から。

 紡がれていく奇跡の物語は、ここから始まる。






 To be continue to 「Kanon」...







 後書き



 またまた意味不明短編が一つ増えました(マテ
 今度はKanonが始まる前の各々の心理……になってねぇ(汗
 ごめんなさいごめんなさい(以下略
 まぁこれが限界ということで(開き直り(死
 それでは、読んでくれた人に宇宙よりも大きい感謝を込めて。


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