小さい頃は、かみさまがどこにでもいるっていうことを闇雲に信じていたと思う。
 箸にも、草原にも、大黒柱にも、泥水にも。かみさまはみんなの目には映らないだけで、本当はわたしたちをどこからでも見守っていてくれているんだ。そしていい子にしていれば、ご褒美がもらえる。
 その時のわたしはなにを欲しがっていたのか。今となってはその尻尾すら思い出せない。ただ、当時のわたしはそれをものすごく欲しがっていたということだけは、おぼろげながら判る。

 はぁ、軽く溜息をして、凝った肩を触る。……がちがちとまではいかないけど、これはけっこうやばいのではないか。状態を言葉に表すのが難しい。まあ、物書きである自分が文章にするのが難しい、なんて洒落にならないのだけれども。とりあえず、終わりかけた原稿を終わらせてから一息入れることにした。
 光るディスプレイを凝視しながら、時折混じる誤字、脱字を訂正していき、ひとつの完成品へと昇華していく。指がキーを連続して叩く音だけが、わたしの耳にやけにシャープに入ってくる。その他の音は集中を妨げるノイズでしかないので、あと少しで終わるというのにどんどんと気が滅入ってくる。静かにしやがれ、と、実際に叫ぶわけにもいかないので心の中で叫ぶことにした。
 静かにしやがれーっ!
 ちょっとだけすっきり、擬似的にリフレッシュできたので、推測では残り数行、頑張って埋めることにする。
 カタカタ。
 カタカタカタ。
 えーと。この表現はわかりにくいから差し替えて、と。
 カタカタカタ。

 五時間が経過。
 予定枚数を十五枚ほど超えているのはきっと読者サービスなのだ。そう思いたいので思いこむことにする。緩慢な動きでワープロ原稿を纏めていき、十分くらいで作業は完了してくれた。あとは出版社の編集部に持っていくだけなのだが実のところ、締め切りは四日後に控えている。できるだけ楽をしたい性分なので、ならば面倒事は先に済ますべきなのだ。というなんとも前向きな考え。ブラボー……、おお、ブラボー! 自分で自分を誉める。でもかなり虚しい。ひとりぼっちという事実が更に追い討ちに拍車をかけて、いい感じでわたしは打ちのめされる羽目に陥った。心がちくちくする。
 かみさま、ああかみさま。わたしはこんなに頑張ってます。なのでなんかください。
 なんて祈ってみても何も起きるはずはないので、無神論者は無神論者らしくすることにする。自分が頑張れば、それが対等かどうかは判らないが、それなりのモノは返ってくる。ただしそれはかみさまのご褒美ではなく、わたしと同じ人間、正確には社会からの贈り物。
 それなりにメジャーな賞をもらってこの業界に乗り込んで、最初にもらったお金で、わたしは子供の頃に一番の次、二番目に欲しかったものを買った。街の片隅の小さな文房具店にあった、十二色のクレヨン。使わないと思ったんだけれども、それでも買った。今は何故かタンスの上から二番目の引き出しの中にあったり。あの頃は幼稚園で使うクレヨンはあったものの、自分専用のものはなかった気がする。家にあったのは、わたしと弟兼用のそれだけ。だから自分だけのものが欲しかったのだろう。
 昔、幼かった時代に手に入らなかったものは、今なら簡単に手に入るのかもしれない。ならば、反対に。―――あの時、手に入ったものは? 椅子に踏ん反り返って、仕事明けで冴えない頭のエンジンを回す。
 笑顔とか泥で汚れた服とかハンバーグとか。今となっては疎遠になりすぎたものばかり。愛想笑いが増えすぎて自分から本当に笑いたい時に笑うことはなくなったし、泥遊びなんてやらないしできないし、ハンバーグにいたってはスーパーの特売で事足りる。ABCポテトなんてものもあったっけ、好きだったなぁ。セピア色になりつつある母親のお弁当を振り返ってみた。
 かみさまはどこにでもいる。昔のわたしの―――こどもの考え。
 きょうび、信じる人なんていないのではあるまいか。少なくともわたしにとってはどうでもいいことになっている。信じるものは救われるとはよく言った盲目の言葉。掬われるの間違いじゃなかろうかと思った。実際、かみさまを信じれば心は救われるだろうが、それは本当に豊かなものか。心と現実がうまく重なり合ってこそが、単体よりいくらかは良好になる。かみさまは何を救おうと言うのだろう。そんな不完全な親切心は迷惑千万だ。人類最大の罪はかみさまがいると信じさせたことである、とか誰かが言っていた。
 さて、もしその通りならば。
 さて、わたしが信じていたかみさまはどこにいるのだろうか?

 自主休業一日目。朝の十時にぱっちり目が覚めた。眠気も引き摺る程度には問題がないので、久し振りにインスタントではないものが食べたくなったことを理由に近所のスーパーに出かけることにした。
 豚肉とかほうれん草とか人参とか大根とか小松菜とか、手当たり次第にわたしの視界に入ってきたものを籠に詰めていくと、わずか五分で籠二つは埋め尽くされ、女の細腕にとっても優しくなくなった。自業自得とは言うものの、とりあえず野菜類に向かってジト目を向けてみた。十秒で我に返って、でも歩調はゆっくり。そのままレジに向かった。
 家に帰ってぱんぱんのビニール袋三つをテーブルの上に乗せて、早速種類別に分ける作業に取り掛かる。それが終わると冷蔵庫への収納作業である。一人暮らしにはいたって向かない大型の冷蔵庫は、記念すべきかどうかは判らない一人暮らし二日目に届いた古参の一角。ちなみに一番古いのは30型のフラットテレビで、仕事中はもっぱらつけっぱなしである。映像やその内容は一切見ないが、それでも垂れ流す。音楽を垂れ流しにすることと似ていて、もはや日常と化しつつある。というか、なってる。先月の電気代も先々月もその前も、目を背けたくなったりした。一人暮らしだからと言って油断は禁物だ。もう、ひとりぼっち暦が五年にもなるというのに、こればっかりは治ってくれそうにない。努力しても治りそうにもない。そして、たとえば努力したとして、その分の頑張りに対当する代価は誰が払ってくれるのだろうか。結果よりも過程ではなく過程よりも結果という環境にある自分としては、理不尽さを感じずにはいられない。
 昼ごはんは白飯と味噌汁、鮭の塩焼きと野菜炒め。こじんまりとしたメニューで彩ってみる。ひとりで囲む食卓は美味しくないと言われているが、実際はそうでもないのだ。誰かがいないと、というある種の依存症を無意識でも持つ人ならばそうではないだろうけど、わたしは当て嵌まらない。慣れではなく、美味いものはひとりだろうが大勢だろうが美味いのだ。伊達に高校卒業まで、家庭科で最高評価をキープし続けていない。でもそんなわたしがお嫁さんではなく婚期をことごとく逃していきそうな物書きになっていて、リンゴも剥けない同性が早々と結婚していく。世の中の流れは実に理不尽だ。
 朝食兼昼食が終わって、暇な時間の始まりになった。ソファーに寝転がってテレビのチャンネルを五秒ごとに変えていく。一通り回し終えて、興味を引く番組なんてものは欠片ほどもなかったので溜息を吐いてみた。それでも、電気代の無駄だとは判っているにも拘らず、電源は落とさない。リモコンをそこらへんに放り投げ、寝転がった。がしゃんとか聞こえたけど無視することにする。ふと、あくびが出そうになったのを堪えようとするも、時は無情、はしたない、とか言われても仕方ないあくびが出た。もちろん顔は歪むに歪む。なんとなく照れくさくなって、テーブルの上の眼鏡ケースに視線が泳いでいく。そして手を伸ばしてケースを手に入れると、仕事の時はかけている眼鏡を、仕事でもないのに着用した。傍らのテーブルにケースを無造作に置いてから天井をぼけっと、まっすぐ見てみる。白い塗料で塗りたくられた、もう馴染んだ部屋の天井。見慣れた風景を凝視していたら、目には見えない睡魔が現れて、わたしの手を引きいざ行かんワンダフルワールドといった感じで誘ってくる。朝、ぱっちりと目が覚めた反動だろうか。とにかく反撃しようとも思ったが、してどうなるものでもないと気付いたので、抵抗なく昼寝に陥ることにした。
 おやすみなさい、かみさま。なんちゃって。

 自主休業二日目。誠に遺憾ながら、二日目の残りはあと八時間で終わってしまう、というなんとも溜息をはくに相応しいシチュエーション。しかも、わたしがいる場所は居間であり、そこにあるソファーの上。いくら暖かくなり始めた春先とは言え、毛布もなしに、しかもソファーの上で寝てしまったことを悔やむ。けっこう寒いし、貴重な休みをこんな形で潰してしまうのはなかなかやりきれないものだ。しばらく心ここにあらずと言った感じで座り込み、沈みつつある気分を徐々に(自分で)向上させていく。そういえばお腹がすいたかも。頭の上に豆電球は出ないけど、我ながらいい気分転換に繋がりそうなアイディアを発案できたので、昨日買ってきた材料で適当なものを作ることにした。
 軽く簡単なものをというコンセプトにより作成、その結果何故かテーブルの上にあるのは炒飯。油は少なめにしたのだけれど、カロリーはけっこう高めかと思われる。軽めのものを要求する胃にとっては中級クラスの敵だ。わたしはいったい何がしたくて何をしてしまったんだろう、結果が大事という性分においてこれは許されざる所業である。でも食べ物は大事にしなければいけないので、結局食べることを免罪符とした。美味しいけどこれは自分への罰と考えることにして、ひたすらに食べていると皿はすぐに空になった。
 流しに溜まっていた汚れた食器等を一気に片付けて、なんとなく部屋全体に掃除機を満遍なくかける。覚えてる限り、数えて一ヶ月ぶり、掃除らしい掃除をした。けして怠けていたわけではなく、仕事が滞ることはあってはならないことと考え、集中すると一ヶ月は埃やゴミ等を放置してしまうわたしの貴重で微妙な職人根性がいけないのだ。その根性は大切ものだから、けっして捨てないようにね。私を担当する編集さん(女性)はこう語る。妙に説得力があったので、右も左も判らない新人だった数年前のわたしは頷くしかなかった。今となってはすっかりと習慣になってしまって、担当泣かせのすべての締め切りに宣戦布告というアグレッシブでネガティブである意味前向きな作家にはならずにすんだ。三代目担当は締め切り三日前に原稿を渡すと目を白黒させてから、編集部の床に突っ伏してまるでかみさまを崇めるようにわたしに向かって何度も土下座を繰り返していた。三度目の正直と二度あることは三度ある。この場合は前者だったのだろう、とりあえず泣かれたままでは体裁がよろしくないと思い、苦笑しながら彼女を励ました。今となっては少々恥ずかしい思い出だ。担当も五代目になって、でも仕事は変わらない。むしろ量が増えていっているのは気のせいだろうか。
 二十二時になった。あと二時間で二日目が終わる。それでも、いつものようにわたしはソファーで踏ん反り返っている。今日はこのまま寝てしまって、昨日と同じ轍を踏まないように気をしっかりと持とう。そう思って、昨日と今日のわたしの決定的な違いを自覚し認識するべく、寝室に移動することにした。
 居間に隣接している寝室は本来なら書斎として使われるべき部屋なのだが、本来の寝室が仕事部屋として使われているために、やむなくここを寝床としている。幸いにも人ひとりが寝る分なら十分な広さなので問題らしい問題はなく、逆に満足している。着ていた服を脱ぎ捨てて、布団の上に放り投げてあるパジャマを装着した。これで寝る準備は万端。いざ目指そう、遥か遠くに夢を見た理想郷を。一週間ぶりのベッドは心なしかかなり冷たくなっていたけど、潜り込んだら徐々に暖かくなってくれた。こうなれば、あとは体中を蝕んでいく病魔のような広がりを見せる眠気に身を任せるだけになる。さて、
 おやすみなさい、かみさま。なんちゃって。

 自主休業三日目。今日が終わると同時に、休みの日々は過去の走馬灯になる予定である。明日になったら、再び机の前で視力にダメージを蓄積させ続ける日々が始まるわけだ。
 ……あれ、そういえば、パソコンの電源落としたっけ?
 確認のために二日封印していた仕事部屋に入る。瞬間、時間が静止しているような感覚に襲われた。それもそのはずで、この部屋には仕事が終わってから、一度たりとも動かしたものがないのだ。そして、案の定。聴覚を刺激する特徴を持った振動音があった。溜息を吐いてからパソコンに近付いて、ディスプレイを所狭しと動き回るスクリーンセイバーをマウスを動かして消す。あとは少しだけマウスを動かして、カチカチカチと三回のクリック。カリカリカリ。パソコンは一分くらいで沈黙し、用がなくなったわたしは仕事部屋から出ることにした。どうせ明日からしばらくの付き合いになるのだから、ここで時間を潰す理由はないのだ。残された時間はあと十五時間。随分と、自分にしては早起きだった。
 朝ご飯はトースト二枚とベーコンエッグ、野菜サラダというなんともシンプルなものにした。複雑な過程を経て腹を満たすよりもこういう単純な方が好きなのである。だからと言って栄養分を疎かにするのはいただけないので、ここに牛乳もつける。炭水化物と、緑黄色野菜と、カルシウム。なんとも健康的っぽいような気がする。まあ、今日が終われば栄養なんて気にしてられない日々が幕を開けるのだが。それはそれでこれはこれ、今日ぐらいはこうしても罰は当たらないだろう。
 昼前には徒歩で街に出て、なんとなく自分が住む場所をぶらつくことにした。最低限の身だしなみを整えて、ゆっくりと散策する。久々(と言っても一ヶ月だが)に眼鏡越しで見る街の風景は変わっておらず、なんだか安心した。本屋は、店頭に並ぶ様々な本を一瞥しただけで通りすぎようと思った。自分で言うのもなんだが、わたしの書く本はなかなかの売れ行きを見せているようで、そしてその本が実際に並んでいるのを見ると無性に恥ずかしくなってくるのだ。だから通行人になってしまおうと思っていたのだが、ところがどっこい、ふと足が止まってしまった。わたしの視線の先にあるのは、「今、売れています!」と銘打たれた一冊の絵本。なんとなく近寄って、手にとってみる。表紙を見ると、作者はわたしの知人で、最近絵本作家へと転向した人だった。どういう経緯で小説家から絵本作家に至ったのかは知らない。彼女が作る絵本というのは幼稚園児だけが対象ではないらしく、大の大人も挙って見るために最近はワイドショーの短いコーナー等で取り上げられることがあるそうだ。本の最後の方をめくって、初版が発売された月日を確認すると、今から三ヶ月前ということが判った。彼女の執筆ペースは小説家時で一冊につき約六ヶ月で、長編一本を仕上げる。わたしは短編専門なので一作品につき大概は二、三週間で終わる。本一冊に収録される短編は大体八作品ほどで、出版ペースは彼女とあまり変わらない。今となっては比べることも出来なくなったが、付き合いは変わらない。一ヵ月半ほど前に会った時は妙に活き活きしていて、なにかあった? と訊くと、毎日が楽しいから、と言っていた。彼女が文字と奮戦していた時には得られない答えだったことにわたしは少々驚いたものである。
 「晴れた日に、ねこといぬ」、これが絵本のタイトルだ。この絵本ではないけど、どんな物を描いているのか気になって、見せてとお願いしたら、恥ずかしいからやだよと返されたあの日のやり取りが蘇る。うずうずして、葬り去ったと言うか自然消滅したはずの悪戯心が鎌首をもたげてくる。表紙を、めくった。
 絵本自体はそう厚いものではなく、たったの二十ページほどしかない。三分もあれば読み終わる。最初のページには、野原でくつろいでいる猫と犬の絵が描かれていた。傍らに、「きょうも、ねこといぬはなかよし」と書かれていた。次のページ、そのまた次のページと移っていく。持つ手にも力が勝手に入っていく。終わりのページには「やっぱり、ねこといぬはなかよし」とあった。これで、この絵本の物語は終わりである。物語はそう珍しいものではなく、どこにでもありふれていそうなものだった。これくらいならば、まだ小説を書いていた時の彼女の表現方法の方が斬新であったと思える。しかし、わたしはなぜか、その絵本をレジに持っていくことにした。
 家に帰り着き荷物を置くと、唯一の買い物である絵本をソファーの上に寝転がりながら開く。そうしてまた読み返し始めた。絵と文章が変わるはずはないのに、なぜかわたしは新鮮さを感じていた。視界に入るのはほのぼのとした絵と、実直に記された表現たち。なるほど、売れるわけである。わたしもまんまと買ってしまったわけだが、別に悔しさは沸かない。それどころか、感心すらする。絵本を閉じて、テーブルに置いた。
 そういえば、あのまま小説家を続けていても彼女は成功できていただろうに、どうして絵本作家になったのだろうか。疑問が沸いた。機会があれば訊いてみることにしよう。

 光陰矢のごとし、時間はあっという間に過ぎ去っていく。わたしは指を休ませることなくキーボードを打ち続けて、最後の仕上げにかかっている。書き上げた短編は合計九個。これを入れれば十個になる。担当曰く、今回は十本お願いしますねーらしく、朗らかに、しかも爽やかだった口調が印象に残っている。世の中はやっぱり理不尽なのだ。万に一つの例外もなく。
 気合を入れ続けて、休むことなくノンストップし続けて二時間、最後の一文を入れて、ようやくすべてが終わった。椅子に、倒れるくらい踏ん反り返って、深呼吸をする。締め切りは三日後。予定では四日前に終わらせるはずだったのだけれども、一日だけ、どうしても外せない用事があったわけである。その用事と言うのが、絵本作家になった例の彼女との会合だったわけだが。
 そこでわたしは、どうして絵本作家になったのか、ということを率直に訊ねてみたわけだが、返ってきた回答はあっさりとしたものだった。
 絵本作家にどうしてなったかって? そうだねー、やってみたかったからかな。
 わたしはずり落ちた眼鏡を慌てて直し、それだけ? と訊いた。すると、それだけ、と返ってきた。簡単すぎて理解に悩んでいると彼女は肩を叩いてきて、悩むところじゃないよ、と言ってから、好きだからやっただけっていう簡単なことだし、と続けた。それならば話は簡単だけれども、今まで築き上げてきたものを手放してまでやりたかったことなのだろうか。その辺も訊ねてみた。すると彼女はそれを否定した。築き上げてきたんじゃなくて、元々あったものを登っていただけだ、と言った。だから自分で作ってみたくなったのかもしれない。そう続けてウォッカをぐいっと飲み干すという自殺に近いと言うか自殺そのものを実演してみせた。自分も酔っていたので、記憶に混乱が見えるものの、その場面だけは鮮明に覚えている。
 ワープロ原稿をいつものように纏めて、これで二日のお休みを満喫できるというわけである。わたしは頑張ったし、頑張っている。でもかみさまは何も言わないし、してくれないし。もういないことは決定的なのかもしれない。まあ、どっちでもいいわけなんだけど。とにかく、これでしばらくはだらけられるので、とりあえず不足がちな睡眠をできるだけ貪ることにした。寝室に移動する。さて、
 おやすみなさい、かみさま。なんちゃって。

 その日、街に出たわたしは画用紙を買ってきた。本屋の店頭に並んでいたわたしの本を無視する形で通り過ぎていき、隣接する店の前で足を止めた。古くからあるという文房具店だ。脳裏をタンスに封印されたクレヨンがよぎって、わたしは店の中にいつの間にやら入っていた。すぐ出るのもあれだし、と店の中を適当に歩くことにした。中は隣の本屋の半分ぐらいの広さで、狭くはないが広くもない、中肉中背のものだった。歩き始めて数十秒後、わたしはとある物の前で止まる。画用紙がそこにはあった。百二十円の表示と一緒に鎮座していた。手を伸ばして一冊を拾い上げる。開くと当然、画用紙には何も描かれていない、真っ白なままの状態だった。そう、クレヨンには、画用紙。思い立った矢先に、それを購入した。店主である思われる初老のおじいさんはわたしを見て、いい眼になりつつあるねぇお嬢さん、と言っていた。そんなことを言われてもよく判らないので、はぁ、と適当に返しておいた。
 家に帰り、食材を冷蔵庫に詰め、画用紙をテーブルの上に置く。
 あの時彼女は、自分が好きだからやった、なんて言っていた。わたしはソファーの背もたれに思い切り寄りかかって、目を閉じた。ふぅ、と軽く息を吐いてから、ゆっくりと思い出に、頭から浸っていく。

 昔のわたしは幼稚園の組の中でもとりわけ目立たない方だった、と思う。運動会やお遊戯会などでも前に出ることはなかったし、出されることもなかったし。そんなわたしでも好きなことがあったのだ。先生がみんなを席に座らせて、今日はみんなのおとうさんとおかあさんを描いてみようか、と号令を出して、みんなで一斉にクレヨンを走らせる。わたしは握り締めるようにクレヨンを持って、黒や赤や青の線を画用紙いっぱいに、次々と描いていった。おかげで他と比べて画用紙の使用枚数がうなぎ登りだったことは克明に思い出せた。
 わたしが二番目に欲しかったものはクレヨン。
 一番目は―――。
 わたしが一生懸命描いた絵を、両親は大層誉めてくれた。独創的だの、個性があるだの。今考えれば逃げ口上と捉えてもあながち間違いではない気もするが。でもそれでおとうさんとおかあさんは笑ったわけである。それをわたしはずっと見ていたかったのだ。だからこそ、一番欲しいものは、今となってはもう遅い。今更それに気付いてから、わたしは軽い欝になる。父と母は、わたしが高校を出て一年後に旅行帰りのバスが事故に遭ってしまい、乗客全員が即死という惨劇に見まわれてしまい、その例外になるわけもなかった。そのニュースを仕事途中に聞いた私は、なぜか泣かなかった。ただ、何かを失くしたような感覚に陥って、抜け殻のようだったと当時の担当は言っていた。
 もう両親の笑顔は見れない。けども、わたしは書くことは出来る。天国も地獄もないと思うし、そんな天から見守っているなんてことは絶対にありえない。けども、彼らがわたしを育ててくれた恩義を返すことはできる。わたしはタンスへと歩いていって、引き出しを開ける。中には買った時と変わらない、十二色のクレヨンがある。もう使うことはない、とはいかなくなった。明確な理由はない。けども、思い出した過去の映像で、わたしは楽しそうに絵を描いていた。ならば、その続きをすることで、恩を返すことはできるのではないか。詭弁じゃあないかとは思うけど、これ以外にわたしができることと言ったら、回りくどい文章を書くことぐらいである。でもそれだと、何にもならない。元々あったものを登っているのだから。だからわたしは作ることにした。
 画用紙を一枚切り取って、クレヨンを握る。思い出せた思い出の中と同じように、クレヨンを走らせる。黒と赤と青の線が次々と生まれては塗りつぶされていく。やがて画用紙二十枚をすべて使い切った。でたらめに描いたわけではなく、ちゃんとした表紙がある。タイトルをこれからつけるのだ。
 でも考えることはない。わたしはまるで最初からそう命名するのが決まっていたかのようにそれを書いた。
 かみさまのクレヨン。そう書いた。
 かみさまはいないのだろう。もちろん、どこにも。でもそれでもいいのだ。少なくとも、わたしが作ったこれには、わたしが作ったひとつの「かみさま」がいるのだから。もちろん、何もしないし、してくれない。わたしに有益なことは一切ない。でも、無益なこともないわけである。これはわたしの続きだ。今から始まる続きなのだ。有益なものはこれから生まれるのだろう。
 一日が終わって、締切日になる。彼女のあとに続いているわけじゃないけど、とりあえずこれを担当に見せてみようと思った。どんな顔をするのか楽しみである。
 バッグの中に原稿と画用紙の束を詰め込んで、わたしは家を出た。