季節は春。春と言えば出会いと別れの季節とも言う。だけど、そうとは言えない事例もあるのだ。

 例えば、あたしと彼。

 一年のブランクは長いけど、大丈夫。あたし達なら問題ない。

 ……だといいんだけど。












 Close to me...













「おーい、七瀬〜」

 部屋の中から、一年前と変わらない声があたしを呼ぶ。まぁ変わっていないのは仕方がないこと。

 呼ばれるたびに嬉しくて、つい満面の笑みで扉を開いてしまうのだが、

「なーにー? 折原?」

「ほれ、出来たぞ」

 部屋に入ったばかりのあたしに向かって、ぽいっと何かを投げつける折原。

 と、それは『七瀬留美特製問題集詰め合わせの答えノート』とやけに長い名前が書かれたノートだった。

 ぽすっと腕の中に納まったそれをぱらぱらとめくりながら、あたしは折原の向かいに座り込む。

「それじゃあ答え合わせするからね」

「おう! 任せておけ七瀬! こう見えても俺は10秒に一人しかいない逸材と呼ばれた男だぞ」

「大したことないじゃないっ!」

 ツッコミをいれつつ、あたしはまる付けを始めた。

「まぁそう怒るなよ、はげるぞ」

「あんたが黙ってればいいの!」


























「85点ね。まぁ、少しは成長したってところかしら」

 折原の隣まで移動して、あたしはバツよりもマルが多いノートを折原に見せた。

「ふっ、当たり前だななぴー。俺は素手でヒグマに負けた男だぞ」

「そら負けるわっ!」

 びしっ、とあたしは折原に見事なツッコミを入れる。

 もうすでに条件反射となってしまったらしく、悲しいを通り越して自分自身が滑稽に思えた。

「ともかく、今日の分はこれで終わり。お疲れ、折原」

「な……!?」

「?」

 折原はあたしの言葉を聞いた途端に、言葉を失くしてあたしを見つめた。

 その真摯な視線に、少しどぎまぎ。

「七瀬が俺に労いの言葉を!? 馬鹿な! ありえない!」

「あんたはあたしを何だと思ってんのよ!」

 みしっ。

「ぐえっ」

 見事な角度であたしのチョップが折原の延髄を捉えた。

 折原は短い呻き声をあげ、ぱたりと机に突っ伏した。

「えっ、ちょっと、折原?」

「俺はもー駄目だ。しかし七瀬がキスをしてくれたら復活するだろう」

 ……この男は。

「……仕方ないわね」

 こんな男なんだけど、惚れてしまった自分にも非はある。

 そろそろと折原へと顔を近づける。

「……」

 もう、何十回、何百回としたはずの行為なのに、いまだ多少の恥ずかしさがついて回る。

 5センチ。4センチ。3センチ。2センチ。1センチ。二つの顔の距離は否応にも近付く。

 がちゃっ。

 その時だった。今だけは望みもしなかったドアの開閉が行われたのだ。

「浩平ー、ちゃんとべんきょ……」

 しかもそれを行ったのは、私の親友で、折原浩平の幼馴染、長森瑞佳だった。

 ぷちん、と糸が切れたような感触。途端に、押さえていた分の恥ずかしさがこみ上げてくる。

 瑞佳はあたしと折原の状態を見て、凝固している。

「あっ、あっ、そ、そのっ」

「こ、これはだな、長森。やるせなくて儚い事情があってだなっ」

「ご、ごごごごご、ごめんなさいっ! お邪魔しましたー!」

 手早くドアを閉め、瑞佳は超高速で部屋の前から去っていった。

 どたどたどたどた……、どどどっ!

「う〜……」

「……」

「……」

 ……お約束?

 その後、お約束をかました瑞佳は気を失っていたようで、リビングで寝かしつけ、あたし達は彼女の気がつくまで待った。


























 折原は今は浪人生である。それは仕方がない事実。

 一年のブランクを持つ彼がそのまま編入できるほど大学の壁は低くはなく、現在は現役大学生のあたしが家庭教師というわけだ。

「……それにしても」

「あん?」

 折原はラーメンをすすりながら、訝しげにこちらを見やった。

「あんたねぇ、なんで恋人との外食がラーメンなわけ? もう少し情緒ってもんを考えたら?」

「まぁ落ち着け七瀬。たまにはこーゆーのもいいもんだぜ?」

 ずずずっ、とわざとらしく音を立てて、折原はキムチラーメンを次々に平らげていく。

 一方、あたしの目の前のラーメンは湯気を出すばかりで、一向に手をつけられていない。

「七瀬も食えよ、冷めるぞ」

「……はぁ」

 何度も思うことだが、なんでこんな奴に惚れたのか。よくわからない時がある。

 ふと、昔を思う。

『いいかげんにしやがれーーーっ!!』

 あの時の折原はすっごくかっこよくて、思わず見惚れてしまった。

 多分そこであたしにはスイッチが入っちゃったんじゃないかと。そう考える。

「ん? どうした七瀬、人の顔をじっと見て」

 しかし当の本人は、普段は至ってふざけている。

「なんでもないわよ」

 しょうがない、と覚悟を決め、あたしも目の前のラーメンに立ち向かうことにした。


























「なかなかの食いっぷりだったぞ、ななぴー」

「誰がななぴーよっ!」

 ぶおん、と繰り出したフックは空しく空を切る。

「ふっ、甘いぞ、なな……」

 折原の余裕ぶった表情がみるみるうちに青ざめていく。例えるなら、信号が赤から青へと変わる速さをスローモーションで演出したような。そんな感じだ。

 折原の脛には、あたしのトーキックが炸裂したまま。

「ぐああああ……! は、謀ったな七瀬っ……!」

「油断大敵って言うじゃない、お・り・は・ら・くん?」

 元剣道部員は伊達ではないということだ。

「それじゃあ、帰って勉強の続き」

「なにっ? ただでさえ苦しんでいる俺に、更に苦しめと!?」

 誰がその原因なのか分かっているのだろうか、こやつは。

「しょうがないわね……」

「ん?」

 あたしは折原の手を取り、

「頑張ったらあげないこともないわよ、お楽しみ」

 含みを持たせた声で言った。

「うおおおお! 数学でも英語でも物理でもかかってこいやぁああ!」

 折原の思考回路は単純で、瞬時に地の底からやる気を引き上げてきた。

 さすが、と言ったところなのかもしれない。

「じゃあ、帰ろっか」

「おうともさ七瀬、今夜は眠らせないぜベイビー!」

「……馬鹿」

 惜しげもなくこんな恥ずかしいセリフを、しかも住宅街のど真ん中で言う。

 手は繋いだまま。心も繋いだまま。

「Close to me」

「あん?」

 ふと、そんな英単語を呟いてみた。

「意味は解る?」

 日頃の成果を試すついでに、折原に尋ねてみる。

「……お前なぁ」

 どうやら知っていたらしく、彼は赤面する。

「さ、意味は?」

 多分、あたしの顔も少し赤くなっているだろう。

「ああ由紀子さん。あなたの甥は今、可愛い顔した子悪魔に苛められています」

 何故か頭上の月を仰ぎ、姿が見えない叔母へと祈り始める。

「ほら、現実逃避してないで」

「お前、楽しんでるだろ?」

「なんのことやら」

 逃れ続ける折原だったけど、ようやく観念したらしく、ゆっくりと口を開いた。

「『私の傍にいて』」

 本来の意味ではないが、正に的確だ。

「正解」

「ったく、お前は……」

 折原は照れくさそうに、鼻の頭を指先でかく。

「んじゃ、勉学にいそしむとするか? 七瀬」

「うん、そうだね」

 月明かりがぼんやりとした光を放ち、その下、あたし達は歩いていった。


























 廻り続ける二人 光の中

 握った手をもう二度と離さないで


 Please,please say "love you, I miss you, close to you..." 届けたいよ

 ねぇ 本当は強くないから 抱きしめてて
































終わり






 後書き



 つーわけで、久方ぶりにONEのSSでした。しかも短編。はい、話に無理ありすぎ(ぉ
 何故自分がこの短編を書いたのか未だ理解できません(死
 I'veサウンドの「Close to me...」が大好きです、はい。いや、I'veサウンドは全部好きですが(ぉ
 関係ないですね、閑話休題。
 七瀬の短編を書くのは実は初めて。なんか自分が好きなキャラのSSって書きにくいんですよね(マテ
 まだななぴーはいいんです。

 さゆりん、書きにくいんです、はい。

 つかあれは無理です。書けません。
 なんでみなさんは書けるのでしょうか。あ、そういうことですね。

 単に疾風が馬鹿なだけ。

 以上、講義終わり。タイムカードを押した人から帰っていいですよ(何
 まぁ自分は大学生じゃないから大学の講義がどんなものなのか知りませんが(謎
 では、読んでくれた人に、ベガ(星)よりも大きい感謝を込めて。


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