ギザ10二段重ね。静止。詠唱。
「……」
 崩れる二重の塔。
「ふふ、また成功ですね♪」
「……なんでだろうなあ」
 この前閉じ込められたばかりなのに、何で俺はやってんだろうなあ。
 後ろの宮沢は終始はちきれんばかりの笑顔だった。



 非常に悲しくなってきた。どうしよう、泣きそうだ。
「あーもー、なんで開かないのよ、もー!」
「なんでだろうなあ……」
 おまじない(っつーか呪い)の効力は身を以て知っていたのに、俺はなぜか例のおまじないをやってしまい、今に至る。
 宮沢曰く、「ふふ」。なにがなんだか。
「ちょっと朋也、あんたまた変なことやったんじゃないでしょーね!?」
「断じてやっておりませぬ」
 やったなんて言えません。言ったら最後、体どころか魂の無事すら危うい。藤林杏なら、そのぐらいはやってのけそうだと思わせるところが恐ろしい。
 ……俺、無事に出れるかなあ。あ、無事は無理か。
「……朋也、どうかしたの? ぼーっとして」
「う、腕は勘弁!」
「はぁ?」
「あ、いや、なんでもない」
 危なかった。もう少しで文字通り血祭だった。辞書の姿は見えないが、気配はする。無機物に気配もへったくれもないとか言うな。
 なんつーか、春原がいつも食らっているのを見ていると、「来る!」っぽい雰囲気がわかってくる。
 ともあれ、問題はこの開かない体育倉庫である。解呪方法は知ってはいるものの、前回はかなり追い詰められてて錯乱していたと言うか。いくら杏が後ろを向いていたとは言え、羞恥を通り越して変態である。いくらなんでも春原道に堕ちるのは心の底からごめんなさいお断りします。
「窓外しても無理だろうなあ……」
 なんてったって呪い。震えるほど呪い。燃え尽きるほど呪い。刻むほど呪い。山吹色の呪い。
 ……あれ、これって、おまじない、じゃなかったっけ? でも漢字で書けばどっちも同じ。意味は真逆なのに言葉は同じ。複雑怪奇。
「しゃーねぇ、誰かが気付くまで休むか」
「え、あ、そ、そうね」
 落ち着いている俺と落ち着かない杏。きっと、前回の記憶が脳裏を絶賛侵略中なのだろう。
 しかし俺は酸いも甘いも乗り越えた男。これしきのことで童謡はしない。地の文が間違っているのはきっと気のせいだろう。
「……ね、朋也」
「なっ、ななななにかね」
 俺は泣いた。(心の中で)
「……そっち行っても、いい?」
「どんと来い超常現象」
 俺、大混乱。
 そうだ、こういう時は状況を整理して落ち着こう。うん、それがいい。地獄の春原も、きっとそう思っているに違いない。
『僕は死んでないし、そもそもなんで地獄なのさっ!』
 あれ、お前誰だっけ。
『うわーん!?』
 そんな幻聴すら聞こえてきた。やばいと思い、早速整理に入ることにする。



「あ、朋也ー」
「ん?」
 放課後。春原はチャイムが鳴ると同時にどこかに走っていってしまった。「柊ちゃーん」とか言ってたから十中八九勝平が危ないとか思ったけど、強く生きてくれと願っておいたので大丈夫だろう。
 まあそんなこんなで適当に暇を潰していた時のこと。資料室で宮沢が淹れたコーヒーを飲んで、操られるようにおまじないをやって。そして次は図書館にでも行ってことみの読書にでも付き合うかと思案していた時だった。
 部屋から出た直後、声をかけられ振り返る。
 ふじばやし きょうが あらわれた!
 コマンド?
 →にげる
「逃げたら首切ってそこから手突っ込んで背骨引きずり出すわよ☆」
「何の用でせうか」
「あら、素直ね。感心感心」
 杏は口の端を吊り上げて笑う。くぅ、魔女め。☆なんて使いやがって。
「ちょうど良かったわ、ちょっと手伝って」
「何をだ」
「あれ」
 自分の背後を指差す杏。肩越しに覗いてみると、山のような……なんだろう?
 土まみれの布のような、皮のような? ともかく、大量だった。
「なんだあれは」
「ほら、あたし委員長だし」
 わけわかんねえ。
「……破裂したボールの残骸よ。ボランティアじゃないんだけどさ、校内にいっぱい転がってんのよねー。廊下から始まって、拾い出したら止まらなくなっちゃって」
 それは十分ボランティアである。
「誰も片付けないし、しょうがないなーって。んで、まあ、ご覧のとおり山のようにあるわけ。か弱い女の子ひとりじゃちょっとつらいのよね」
「か弱い……!? 杏! お前、頭は大丈」
「あぁ?」
「夫だな。まったく正常だな。誰から見てもどこから見てもお前は乙女だ。んで、乙女は辞書とか構えないから、そこはかとなく穏便に下げてくれ」
「ち」
 大和撫子いまいずこ。
「はあ」
 辞書が怖いと言えばそうなるが、まあ、ここで見て見ぬフリをすると言うのも気が引ける。
「焼却炉でいいのか?」
「あ、うん」
 杏より早く動いて、大量の球の屍たちを拾い上げていく。
「よくもまあこんなに壊したもんだなあ、どいつもこいつも。片づけくらいその時にやれっての」
 まあ進学校だし、そんな心の余裕はないのかもしれない。壊れたものは壊れたまま、放り投げ。
「……」
 なんだか俺みたいっつーか俺じゃん。いかん、ネガティブ思考はいかん。明るいことを考えよう。



 んで体育倉庫も一応調べようってことになって、そしたら、困ったことにドアが開かない。
「溜まった涙の水圧だ〜」
「……朋也、頭が病気でもあたしは見捨てないであげるからね。あ、殴れば元に戻るかも?」
 なんて物騒な娘だ。
「まあ正常だ。正常です。正常ですってば。大丈夫って言ってるのになんで辞書構えてんだよ!」
「いや、念のためにと思って」
「ノー! ノーバイオレンス!」
 にやにやしながら辞書をしまう杏。相変わらずどこにしまっているのかは謎である。ポケットとか言ってたような気もするが、大きさとかその他諸々の要因が絡み合って、っつーか面積、面積を無視しないように。
「……ね、今何時?」
「ん、……五時半か、もう二時間経ったのか」
 昔を懐かしんでいたら時間は駆け足で過ぎ去っていた。
―――そういや勝平は(肉体的and世間的、あと精神的にっつーか全てにおいて)大丈夫だろうか。
 そんな関係ない(すでに他人事)ことさえ思い浮かぶほど俺は憔悴しているのだろうか? 思わず疑問形になってしまうあたりがマジでヤバイ。
 ―――そもそも、なんで俺はおまじないをやってしまったのだろうか。宮沢に乗せられたこともあるが、それは拒否すればいい話だ。なのに俺は十円玉を重ねた。
「……待てよ」
 そこそこ鋭い俺は、ひとつの仮説に辿り着く。
「俺はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない……!」
「えっ、なっ、なに? どうしたの朋也?」
「そもそも、なぜ体育倉庫に閉じ込められたのか? ここから突き詰めるべきだったんだ!」
「……あの、朋也?」
「そう、俺は無意識のうちにおまじない―――いや、呪いをしていた。これは無意識下の行動だ」
「って、やっぱあんたの仕業なわけね」
「無意識、つまりその人間の潜在的な願望! つまり!」
「人の話聞きなさいよ」
「俺は杏とふたりっきりになりたかったということなんだよ!」
「……な、なんですってー!」



 俺は、やり遂げていた。脳内で合いの手が別ボイスで再生されるほどの完成度だった。
 もう俺に弱点、迷い、困惑、その他諸々はない。やり遂げたのだから。
「……」
 ……あれ? はて、なにか忘れているような?
「朋也……」
「ぴぎゅ?」
 俺の隣で俯いているのは藤林杏さん。心なしか、元気がないようにも見える。
「どうしたんだよ、杏。元気出せ、お前らしくないぞ」
 そうだ、こんな落ち込んでいる(のだろうか?)のは杏じゃない。いつも殴られたり脅されたり殴られたり脅されたり。
 ……泣いてなんかないぞぅ。
「ほら、扉が開かなくて不安になるのもわかるけどさ、こういう時こそ前向きに考えるべきなんだ」
「朋也……、……そう、そうよね」
「わかってくれたか。ならいいんだ」
 俺の説得により、杏は俯けていた顔をあげた。
 なぜかその目は潤んでいた。でも、すぐに吹っ切って。
「そうよ、前向きに考えなくちゃ! 今の状況はきっと、未来への礎よ!」
 そう、そうだ。それでこそ藤林杏だ。
「それじゃあ早速♪」
「ん、何をだ?」
 ……あれ? なんで俺のブレザーが体育マットの上にあるんだろう。脱いだ覚えはないのに。
「うっふっふっふ」
 そして不穏な笑い声を上げる杏。なんつーか、ものすごくイキイキしてるんですが。ついでに手もワキワキしているんですが?
「あ、あれ?」
 いつのまにか今度はネクタイが緩められ、シャツのボタンを第二ボタンまで外されている。
 気をつけろッ! 何者かのスタンド攻撃を受けている可能性があるッ!
「そうよね〜、今の状況は役得よね〜」
「え、きょ、杏?」
 シャツの隙間に、杏の手が差し込まれた。適度に冷えた杏の手が俺の胸をまさぐる。ああ、なんか気持ちいい……じゃなくて。
「なっ、なにをいきなり?」
「だって、朋也が前向きに考えろって」
 今度は抱きしめられて、胸に顔を擦り付けられる。マーキングみたいである。
 ※マーキング=「This is mine」精神の元に行われるジャイアニズム全開の儀式。時折、マーキング対象をめぐっての激しい戦いが起こることもある。遥か古代から伝わる由緒正しい風習。[民○書房刊:敬愛博士の好き勝手辞典なの☆(ここまで本のタイトル)]
「あと、その、あたしとふたりっきりになりたかったって」
「……な、なんだってー!?」
 思い返せばそんなことを言っていたような気もする。ああ、そういやあの時俺テンパってたからなあ。杏がいることも構わないで叫んだなあ。「俺たちは何もかも遅すぎたんだ……」。(あらゆる意味で)
「ああ、許して椋。お姉ちゃん、自分に負けちゃったわ」
「い、今からでも遅くないんじゃないかな? かな?」
「というわけで、うふふー」
「うわ、すっげー嬉しそうだし!」
 色々まさぐられる俺。無抵抗なのは悲しい男のサガ。
「あ、あの、そのぅ。さっきのは勢いと言いますか、その」
 そして、俺が出来る最後の抵抗。
「へっへっへ、口はそうでも体は正直だなあ」
 悪代官降臨。
「いや! お慈悲!」
 城下町の娘も降臨。
「いただきまーす」
 あーれー。



 据え膳食わぬは武士の恥とは言うものの、食われてしまったのは俺の方というわけで。
「ああ、パトラッシュ、なんだかすごく眠いんだ……」
 いっそのこと、すべてから逃げれたらいいのに。な、泣いてなんかないやい。
「ね、ね、朋也」
「なんだよ、俺は今男泣きの真っ最中なんだ」
「じゃああたしの腰に回されてるこの腕は?」
「杏、あいらびゅー」
「朋也、みーとぅー」
 ……流されてる、俺、完璧に流れに身を任せてるよ。
「しっかし、五時間経っても開かないなんてねえ。朋也、なんか手ない?」
「いや、あるにはあるが……、」
「あるんならとっととやっちゃえばよかったのに。そうすれば……うふふふ」
「ひぇぇ」
「で、その方法は? どうやんの?」
「うむ、お前の協力が必要だ」
 体裁だけは取り繕うために、顔を引き締める俺。情けないとか言うな、言うなよぅ。
「(え、なに? いつにもなく真剣な顔になっちゃって。それにあたしの協力が必要って……、……うっふっふ)」
 ぞくり。
 一瞬、妖気が揺らめいたような気がした。きっと気のせい、気のせいに違いない。思い出したくないから。
「じゃあ後ろを向いてくれ。それが勝利の鍵だ」
「うん、わかったわ。その、できるだけ早くね?」
「ああ、わかってる」
 こんなにも早く出たがっていたなんて―――。
 俺は最低だ。杏の傍にいたのに、こいつの気持ちにも気付けないで。きっと、数時間前の暴走も、錯乱状態から来たものだろう。そう思いたい。思わせろ。
 じぃー。
「(ごくり)」
 かちゃかちゃ。
「(はぁはぁ)」
「えーっと」
 あとは心の中で呪文を唱
「もう辛抱たまらんわー!」
「え、ま、待て杏! こっちを向くな―――」
 遅かった。
 俺が遅い? 俺がスロウリィ!?
「もう、朋也ったら。まだ足りないって言うのね」
「へ」
「仕方ないわね。付き合ってあげるわっつーか我慢できません」
「ひぃ!? ストレート!?」
 嫌なオーラを纏いながら、杏は俺との差をじりじりと詰めていく。
 俺ってばまるで仔兎。なんて、無力。
「誰も来ないっぽいし、朝までしっぽり」
「ほ、ほら、お前親御さんとかいるだろうし、ま、まずここから出る手段をやらせてくれっ」
「お父さんとお母さんは旅行で不在。あんたに拒否権はないわ。つーかそんな恰好してんだから、出るものが違うんじゃない?」
「お、女の子がそんな下ネタを吐くなぁ! とか言ってる間に懐に入られているー!?」
「ひっひっひ」
「せ、せめてズボンとパンツを履かせてください」
「これから脱ぐのに必要ないでしょ」
 ギャース。



「……あああ、こわいよぅ、こわいよぅ。思い出すだけで「認知してください」って言われるくらいこわいよぅ」
「どうかしたんですか、朋也さん? そんな子犬みたいに怯えきった顔をして。そんな顔されたら、わたし我慢できなじゃなくて、心配になっちゃいます。そう言えば、朋也さん最近かなりやつれてますよね。原因の一部始終はばっちりカメラにじゃなくて、無理しないでくださいね?」
「宮沢、今は君の優しさが痛い」
 なんか不穏当な言葉がちらほら聞こえたような気もするがきっと気のせい。
「しっつれーい」
 言葉と共に入ってくるのは。
「ひぎぃ!? な、なんでお前が来るんだ!?」
「あら、朋也いたの。……うっふっふ」
「ひぃぃぃ」
 哀れ岡崎朋也。春原と同等の存在に。
「うふふふ」
 そして宮沢も笑っていた。なぜか。
「まあそれはともかく。おまじないって言うの、やりにきたんだけど」
「おまじない? なんか悩みでもあるのか?」
 まあねー、とか、手をひらひらさせながら、杏はにやにやと笑う。
 ……ま、まさか?
「体育倉庫で、ふたりっきりになれるおまじない、あるわよね?」
「はい、もちろん」
 旅に出よう。



 オチなしどっとはらい。