「なによ」
 うちの隣にお住まいの鴇東咲夜さんである。会う度にメンチを切られ、こっちとしてはヤンキーに絡まれている気分になるから勘弁してもらいたい。
 風貌は可愛いので騙される(もしくは騙されている)事請け合いだが、意外と悪い噂は聞かないところを視ると、外面はいい方なのであろう。真実を公表したいが、誰も信じはしまい。非常に悔しいが、挽回の術を持たない俺はハンケチを噛み噛みしつつキィーとヒステリックに泣くだけである。心の中で。
「言っとくけどね。家が隣ってだけであって、調子に乗るんじゃないわよ。わかった?」
 俺が乗るのは原付と自転車ぐらいなのだが。まあ、調子に乗る時も(勿論違う場面で)あるけれど、なぜこやつに顔を合わせる度にこう言われるのだろうか。そんな偉そうに胸を張られても困る。まったくもって、最近の鴇東咲夜は意味不明瞭。
 まあ、こうやって好き放題言われるくらいで、実害は無いに等しい。が、俺も人の子であり聖人君子ではない。ムカつくムカつきムカつかれな時には反撃もしよう。
「何を勘違いしてるのか大体想像はつくが、まずは職人さんでも再現出来ないようなその百八十度を何とかしろ。そんな未開惑星、好奇心も沸かんわ」
 自分の豊かな語彙に少し感心した後、決まって鴇東昨夜と言う活火山は溜めたエネルギーを
「―――な、ん、だ、とぉおおおお!」
 それはもう近所迷惑を顧みることなく爆発させるのであった。ちょっと泣きたい。





 十五歳という年齢についてわたしの考えを述べるわね。
 中学三年生と高校一年生が同居する複雑な年齢であり、青春真っ盛りで反抗期でヤンキーがかっこいいと誤った認識を持つ年頃だと思うわ。
「朝陽さん、偏見入ってませんか?」
「そりゃ自分の考えを述べるんだから入るに決まってるじゃない。でもあんまり間違ってはないと思うけど」
 そーゆーもんですかね。
 そーゆーもんよ。
 我が家の隣にお住まいの瀬戸春一君が持ってくる悩みを聞くのが習慣になりつつある。悩み相談室を開講しているわけではないが、無碍には出来ないのでそこそこ真面目に対応していたのが幸いなのか逆なのか、彼の中で悩みと言えばわたしといった刷り込みがされているようだ。
「あ、他にもありますよ。弁当忘れた時に、たまたま作りすぎたってんで分けてもらったんですが、その翌日なぜか盛大に怒鳴られまして」
「若いわね」
「あっさり片付けますね」
「それ以外に言いようはないわ」
 わたしから言えるべきことはそれだけだ。あとは彼が気付くだけで事足りるのだが、うんうん唸っているだけで進展は望めそうもない。
「うーん、やっぱり朝陽さんに持ちかけないで、全部自分で考えるべきだったんでしょうか」
「……まあ、それが一番正しいわね。でもわたしとしては、悩みを打ち明けられる頼りになるお姉さんって位置づけっぽくていいけど」
「あ、あはは……精進します」
 うむ。





「その年頃ってのは難しいわけよ。かく言うわたしも身に覚えがあるわー。可能なら過去に遡って自分を抹殺したいぐらい」
 …………。
 なんと言う事。その理論でいけばわたしも抹殺対象になっているではないか。十五の身空で空に輝きたくはない。
 改めると心に誓おう。わたしにとって現状のままではプラスの要素がないのだから。
「改善の余地は有り余ってるわよ。若さゆえの過ちだしね。誰もが通る道だからそんな青褪めなくてもいいのよ。過去を振り返って後悔するのはいいけど、それを糧にして成長する事こそ人の本質だからね」
 余裕を感じるこの姿は、まさしく「大人の女」。わたしの理想像だ。
「あー、それにしても羨ましーなー。昔に戻りたくなってきたわー」
 ……と思ったのも束の間のことで、朝陽さんはバタバタと手足を忙しなく振り始める。強度偽装で築き上げられた理想像はガラガラと崩壊した。
 桜井朝陽さんは隣の隣に住んでいる人で、三年前に越してきた。長い黒髪は一本一本がさらさらと流れ、身長も高め。スタイルも良さそうで、パーフェクト。更に駅前の喫茶店で時々眼鏡を着用して読書するその知性的な佇まいは人を魅了するものがある。
 そうあれかし、と自分自身に言ってみると、絶望的な板がまず脳裏に浮かぶ。わたし十五歳、朝陽さん二十歳。五年の差はあるものの、なんだか太陽系とペテルギウスぐらい離れている気がする。精神的に。
 盛大に落ち込んでいると、頭の上に何やら暖かくて柔らかなものが触れた。それが朝陽さんの手であることを理解するのには一瞬で事足りた。
 掌は優しくわたしの頭を撫でていく。嬉しいが、なんだか気恥ずかしい。
「咲夜ちゃんならきっと、素敵な女の子になれるわよ」
 微笑と共に。この言葉が果たして慰めから出たのか、本心なのか、わたしには判別出来ない。でも、騙されてみようと思えたのは、その微笑みがあまりにも素敵だったから。
 改めて思う。こんな素敵な人になりたいと。





「あ」
「お」
 予鈴寸前の下駄箱で鉢合わせしてしまう。昨日の今日で噛み付かれた苦い記憶が蘇り、なんだか複雑な気分になる。複雑なので具体的には表せないので悪しからず。
 「あ」と先に反応したのは鴇東。何か後ろめたいことでもあるのか、気まずそうな表情でこちらを窺っている。双方とも、上履きを手にして、下駄箱前で立ち往生。怪しすぎることこの上ない。
「あー、そのー、あのさ」
 これもまた鴇東。
 彼女の双眸はしっかりとこちらを捉えていて、逸らすのが躊躇われる。しかしこのまま石像になっていてはいずれチャイムが俺たちを嘲笑うかのように鳴り響いてしまう。
 鴇東はこちらを見据えつつもひどく落ち着かず、唸り続けている。犬かお前は。言いたいことがあるなら言えばいいのに。
「……鴇東、何か用があるんじゃないの?」
「なっ、何言ってんのよっ! そっ、そんなもんっ」
「ないのか?」
 う。
 そして数秒後に。
「―――なくは、ない、けど」
 言質を取った。少し意地悪な気もしたが、話が進展せずにまた言い合いになってしまう可能性がかなり高かった故、許せ鴇東。





 ピンチである。以上、今の状況を端的に簡潔に的確に表してみました。
 何がピンチかと言うと、目の前にいるのが瀬戸春一であり、「何か用がある」と言ってしまったからだ。
 孫子……じゃなくて朝陽さん曰く、善は急げ。
 朝陽さんの目にも瀬戸春一は結構魅力的に映るらしく、実際彼に気がある、好いている、といった好事家はそこそこいる。加えて(生意気にも)バスケ部に所属している為、効果に拍車がかかっている感があり、また、幼馴染という肩書きも最近弱い。
「なんだよ、ジロジロ見るなよ」
 その無造作にも見える短髪と癖のない整った顔立ちを備える無差別精神兵器が、三十センチ下のわたしを見ている。こっちの気も知らずにのんきな奴め。蹴っ飛ばしてやろうか。
「で、何か言いたいこととかあるんだろ?」
「ま、まあね」
 意味も無く強がってみる。同じく意地を張ったり辛辣に当たる必要性は無いが、性分なのか、素直になれない自分が恨めしい。誰か、わたしの捻じ曲がった心をママレモンで洗ってくださいませんか。
 わたしが「言いたいこと」とは、朝陽さんにも相談したこと。
 鞄の中にある「物」を渡し、去り際に「一言」。これで任務は終わるのだが、今までの言動等を振り返ると、そう簡単に行きますかってんだコノヤロウと自分自身に悪態をつく羽目になった。呪われよいつかの日のわたしよ。
「あ、あのっ!」
 しかしいつまでも事態を進展させないわけにもいかない。それも、やるからには自らの手で好転させるべきだ。その為にもわたしはなけなしの勇気を捻り出し、一声を挙げた。
 今まで逸らさずにいた視線を俯かせ、素早く手を鞄に突っ込む。底に眠っていた「それ」を手に取り、引き摺り出し、わたしの声により固まった瀬戸春一に突き出した。彼は反射的に両手を前に出して、受け取った。「よし」、と心が諸手を挙げ、旗を掲げ、ジルバを躍る。
「そ、それじゃあこれでっ!」
 駆け出そうとしたところで―――あ、そうだ―――思い出した。
「……そ、それとっ!」
 数歩だけ彼の前に歩いていって、後ろ向きのまま、後ろ手。朝陽さんはそう言った。
「昔みたいにさ、名前でいいよ。こっちも名前で呼ばせて貰うから」
 幼馴染なんだし。最後にそれを付け加えた。ちなみにこれは、朝陽さんではなく自分で何とはなしにつけてみた。意味はよくわからないが、幼馴染という立場を印象付けたかったのかもしれない。自分では今、なんともなさそうな表情を浮かべているのだろうが、その内心は目を渦巻状にして床をのた打ち回っている。そんな激しいギャップに苛まれていると、瀬戸春一がようやく動いた。
「わかった、がんばってみる」
 わかった。それは肯定の言葉。理解の徴。春一が照れ臭そうに笑っている。
「そ、そう。……それじゃあ、こ、これでっ!」
 しかし凝視できるはずも無く、しかし凝視していたい欲望に駆られつつも、わたしは風を切って戦線を離脱した。
「おーい、教室反対だぞー」
「……」
 このまま戻れと、そう仰るのでしょうかあなたは。
 真っ赤な茹蛸も真っ青になって後ろ向きのまま逃げ出しそうな程凄まじく赤面しているわたしを辱める気でもあるのか。となると、やるべきことは決まっているのである。
「あ、ちょっ……咲夜ー」
 遠くで春一が呼んでいるが、わたしは構わずそのまま廊下の彼方へ風と手を繋いで、突き当りの階段を駆け上がっていった。わたしは風になったのだった。





 いったいどんな心境の変化があったのか宇宙の果てがどうなっているのかのように知る由も無いが、少なくとも悪い方向へは傾いていないようだ。
 ……あかん、にやけるな俺。単なる勘違いという可能性もある。もしそうなら後で死にたくなるのは自分自身なのだから、迂闊にはなれない。
「……はぁ」
 自分で考えた方がいいとはわかっているものの、流石に人の行動と心情の関連性まではわからない。また朝陽さんの世話になる必要がありそうだ。
 しかし今は遅刻しないことが第一。板張りの廊下を踏み、突き当りの教室へと赴くことにする。そこが俺の教室だ。
 このままニヤニヤしながら教室に入っていけば挙動不審者の肩書きを頂くのに手間は要らなくなってしまう。とりあえず右手と左手で自身の頬を一回ずつ張り、気持ちと顔を引き締める。それなりに痛いので、多分これで大丈夫だろう。
 何にせよ、事態が好転することを願う俺であった。





 今日はいい報告があった。半熟の獅子が勇猛果敢に戦いを挑み、見事勝利を収めたのだ。
 わたしが指導した戦法での成功だが、その中には彼女なりのアレンジもあった。成長の兆しと言えよう。
 しかし反対に、あまり歓迎出来ない報告があったことも記さなければいけない。
 思うに彼は鈍いとかそういうレベルではなく、無意識に、しかし意図的に避けているような気がする。
 これは予想に過ぎないが、瀬戸春一は、「変わること」を恐れているのだろう。「今のまま」が心地いいと感じている。いくら好きな娘がいようが、「嫌われたらどうしよう」「フられたらどうしよう」が脳裏を掠め、無意識でセーブをしてしまう。それはそれで仕方が無いことで、誰しも「いざ」と言う時に思ってしまうに違いない。そこで長々、ぐだぐだと悩んでから当たって砕けろを選び、実行するのが最良である。恋しかり、スポーツしかり、勉強しかり。
 瀬戸春一曰く、「俺はどうすればいいんでしょう」。それはこっちが言いたい。
 逆にわたしが「君はどうしたいの?」と訊ねると口篭った。よく言えば若く、悪く言えば意気地が無い。
 ここでわたしが鴇東咲夜から相談を受けていることをバラしてやろうかと思ったが、それは彼女が余りにも可哀想になるのでやめておいた。彼と彼女がそれぞれで気付き、対応しなければいけない案件であり、わたしは少し離れた場所からロイヤルミルクティーを啜りつつ上品に眺めていればいいのだ。「お前もか」と互いに悟った時点でわたしはお役御免となる。早くそうなって欲しいが、一歩寄れば一歩下がるといった今の状況では、とてもじゃないが絶望的に思える。しかしこれ以上手とか口を出すのもお節介が過ぎるので、相談役という身分が恨めしい。加えてここから脱出も出来ないので、あとは若い二人に任せるしかない。
 とほほである。





 どうしたいの? と逆に言われ、その晩はいつもの就寝時間になろうが考えることをやめず、うじうじしていた。
 あまりの自身の不甲斐無さに泣きたくなり、でも「なんとかしなければ」という思いもある。その気になればすぐにでも電話を手に取り番号をダイヤルしよう。しかし「なれるか」どうかと言えば、なれないとしか言えない。
 「ああなったらどうしよう」「こうなったらどうしよう」。ネガティブな思考が頭の中を席巻する。先程までの「やってやる!」は影を潜め、ネガティブと一緒に「NO、NO、NO」と囁いている。自分自身にさえ裏切られてしまい、信ずるに値するのは最早何も無い。
 好転したと思ったら、実のところそうではないのかもしれない。勝手な思い込みだったのかもしれない。そう考えてみるともう止まらず、気持ちはどこまでも沈んでいく。少し泣きたくなった。
「……くっそ」
 ここまで駄目だとは思わなかった。「どうしたいのか」訊かれた時、なぜすぐに答えられなかったのか。自分に腹が立ってくる。
 そして苛々が頂点を迎えた頃、開き直る事にした。





 春一が告白されたと聞いたのはその日の放課後だった。喧騒を広げて友達とわいわいやっていると、教室の片隅から春一の名前が微かに聞こえてきたのだ。
 ……で、なんだって? 瀬戸君。
 「瀬戸」という苗字を持つのは瀬戸春一ぐらいなので、すぐに察することが出来た。何の話かは、その後の言葉で知った。
 昼休みに春一を呼び出して、好きです付き合ってください、らしい。
 告白したのは確か女子バスケ部の人。よく春一と話しているのを見たことがある。同性から見ても可愛いので、男子からの人気ぶりも想像に難くない。
 当然と言えば当然であるのが、「それからどうした」になる。残念なことに、彼女たちがすぐどこかに行ってしまったので、それ以上聞く事は出来なかった。
「はー」
 友達と別れたあとの帰路でどっと溜息を吐く。なんだかやるせない。
 春一はなんと答えたんだろうか。気になる。ものすごく気になる。気になりすぎて、わたしは目の前の障害に気付くことなく、それにぶつかった。鼻の先がやや痛い。
「あたた……」
「大丈夫、鴇東さん?」
 それはなんと喋った。しかもわたしの名前を、だ。慌てて後ずさって、正体を見極める。
「今帰り?」
「あ、……は、はい、まあ」
 ぶつかったのは、確かバスケ部員で、春一と同じ一年生の人。名前は知らないが、ちらほらと見かけたことはある。
「……何か用ですか?」
 家が近所でした、とは思えない。その様子から見て、あからさまに誰かを待っていたようだ。忙しなく指を動かしている。落ち着いていないと一目でわかった。
「うん。ちょ、ちょっと話したいことがあったからさ。……鴇東さんに」
 さて、なんだろうか。わざわざこんなところでわたしを待ち伏せするとは、まったくもって暇人だ。
 ……不機嫌さが思考にも口調にも表れている。反省。
「実はさ、ずっと前からなんだけど」
 どこかで聞いたことがあるような前振り。既視感を覚える。はて、わたしは結構近いうちに、こういった体験をした、あるいは聞いた覚えがある―――?





 屋上は基本的に立ち入り禁止のテープが張られており、職員室で厳重に管理されている鍵を以ってして初めて扉は開かれる。以前、ここの卒業生たちが、在校中に無断で屋上に入り、どんちゃん騒ぎをしたことが原因で完全封鎖されたとか。
「まあ、そのうちの一人がわたしなんだけどね」
 とは桜井朝陽の弁。なるほど。鴇東咲夜と瀬戸春一は頷いた。
「んで、どうしたって?」
 大の字になりながら、朝陽が大きな声で二人に言った。その声は屋上で言っていますよと白状している程に大きかったが、誰も気に介することは無い。今日が休みで良かったと、咲夜と春一は心から思った。





 朝陽にその事を話すと、彼女はひとつの鍵を渡してきた。「屋上の鍵よ」とだけ言って、「あとは自分で考えて」と突き放した。なぜ彼女が立ち入り禁止であるはずの屋上の鍵を持っていたのかはわからないが、今の状況は自分で打破しなければいけない問題であることだけはわかっていた。
 自分で考える。言うだけならなんと易い言葉だろうか。実際に考えて、答えを導いたとして、果たしてその通りに行動できるだろうか?
 それを考えてみると、いかに難易度の高い問題に見えるだろう。
 しかし出来ないことではない。後から考えてみれば、なんで悩んでいたのかが馬鹿らしく思えることは間違いない。「やらずにこのまま」より、やって「変える」方が幾分かは健全だ。「何かあれば屋上に行ってたっけ」。最後にこう付け足して、それきり朝陽は押し黙った。こちらも黙らざるを得ない。
 しかしそれは言葉に詰まったわけではなく、決意を新たにした意味を持つ。
 さあ、開き直れば、話は早い。





「あれ?」
 屋上に続いている階段の前で鉢合わせだった。それは恐ろしいほど巧妙に仕掛けられた「偶然」に違いない。
「……咲夜も屋上?」
「……春一も屋上?」
 言葉が重なる。ここまで来る間、どれ程悩んだろうか。だが「いざ」になってみると、二人の体からはいつしか勝手に力が抜けていった。二人とも何も言わず、ポケットに手を突っ込む。そして同時に何かを相手に突き出した。
 「やられた」。「やられたね」。
 同じ相手に同じ相談をしていたのだ。もう笑うしかない。しかも相談相手は巧妙にそれを隠し、二人が同じ行動に出るよう誘導していた。あまりの巧みさに春一は唸り、咲夜は溜息を吐いた。しかし「見習おう」と思ったのは咲夜だけだった。
 屋上への鍵を開いて、静かに扉を閉める。そうすると本当の静寂が訪れた。風と、雲を切る飛行機の音しか聞こえない。
「なんかあったら屋上へ、って言ってた?」
「言ってた」
「そか。なんかあった?」
 春一がにやにやと笑いながら問い掛ける。こいつめ、と思い、咲夜は一瞬だけもったいぶってから、「うん」と頷いた。
「告白されちゃったわよ、参った参った。……それで春一は何があったの?」
「俺も同じだなぁ」
「そう」
 それきり言葉は無くなった。ただフェンスに寄りかかって、二人で空を見ている。飛行機雲が尻切れ蜻蛉になって空で散り散り、消えていく。
「……断ったからな、俺」
 やや陽が傾きかけた頃、春一が口を開く。それは答を提供する、と言うよりも、確認に近い言葉だった。「うん」と咲夜が返した。
「わたしも断ったわよ」
 すると、ふぅん、と気の無い返事が来る。しかし春一の視線は落ち着かず、短い距離を右往左往している。挙動不審な幼馴染の様子に気付いて、咲夜が笑った。
「言いたいこと、ある?」
「まあ、お互いにあるんじゃないの?」
「そうだな」
 三十センチはかなりの差がある。咲夜が背伸びをして、春一が猫背になった。
 春一の唇が咲夜の耳に近寄って、ぼそぼそと呟いた。そして咲夜の唇も同じ動きをし、二人で苦笑する。
「そうか」
「そうよ」
 二人が屋上から去ると、太陽が山へと落ちていく。屋上の風はいつしか止んでいた。





 あー、やっとね。うん? 知っていたって? そりゃもちろん。でも言わなくて良かったでしょ? 自力で何とかなったわけだし。
 照れない照れない。むしろ今までくっつかなかった方が不思議なんだからさ。話を聞いてた限りじゃ、誰だってそう思うって。
 それじゃ、またなんかあったら相談して。アドバイスぐらいならおねーさんがしてあげるわよ。じゃーねー。
 電話を切り、書きかけの日記へと戻る。ええと、どこまで書いたっけ。
「っと……出来た」
 『かくして半熟の獅子たちは望みを達し、凱旋するのであった』





 
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