どんどん。どんどん。どんどん。

 何かが胸の内から、激しく小町を揺さぶっている。

 右手に握り締めた『それ』は無我のまま振り抜かれた。軽い感触と乾いた音が発生するのはほぼ同時のことで、知らず知らず高まっていた体感温度が最高潮に達した。

 木製の床を勢いよく踏みつけて、返ってきた時速150km/hの脅威を『見た』。それは昂ぶっていた小町の激情を更に刺激する。

 ―――なに、これ。

 十二年の歳月では体験することがなかった未知の興奮が小町を包んでいる。右、左、右、右。忙しなく彼女と彼女の腕は動き続けた。

 最初は野次馬気分だったギャラリーたちもいつしか喧騒を忘れ、眼前で繰り広げられている少女二人の鼓舞に見入っている。それほどに、彼らの双眸に映る景色は斬新で新鮮だった。

 小町が攻めるともう一方の少女が難なく防ぎ、次に小町が相手の攻撃を防御する。一進一退の攻防だった。

 どれぐらい固定化された応酬が続いたのか、誰も時間を気にしていない。小町が、やや甘く入ってきた相手の攻撃を両の眼で捉えた。その瞬間に起こる、頭ではない、体による想像の創造。一層強く右手を握り締める。そして振り抜いた。

 ―――コー……ン

 小町の背後、何かが跳ねる音。それが『なんなのか」悟った瞬間、あれだけ激しかった小町の動きが静止した。やや幼い顔立ちは固まっていて、視線は相手を離さず捉えている。汗で額に張り付いた前髪を気にすることなく、荒げた呼吸を繰り返していた。

「……わたしの、勝ちだね」

「え、……あ」

 呆然としていると、相手から戦いの終わりを告げられた。すると途端、集中で張り詰めていた小町の表情に緩さが戻り、音がしそうなほど強く握られていた右手のものがするりと抜け落ち、床を強かに打った。ごん、と鈍い音が館内に響く。

 その音で観衆たちも現実に戻ってきたのか、静かだった場内が徐々に話し声で埋まり始める。

「確かに秋田さんは素人の動きじゃない。同年代で、ここまでやれた人はいなかった」

 淡々と、作業のような抑揚の無い声が紡がれているが、いまだ小町の心臓は大きく脈動していて、うまく聞き取れない。しかし自分のことを言っているのであろう。彼女の目が鋭く、小町を射抜いているからだ。

「でも、この結果じゃあ、あなたはわたしを覆せない」

「……っ!」

 容赦、ひとかけらの同情、情け、一切がない言葉による必殺。再び小町の顔に熱が灯る。が、

「もう一回って顔してるけど、呼吸も散り散り、脚もふらふら。とどめに、腕が上がってない」

 床に落ちたものを拾ったはいいが、小町の腕はその通り、上がらなかった。動け、と脳は指令を送る。しかし一時的な断線を引き起こしているのか、その指令は途中でかき消された。満身創痍なのだ。

 今まで普通の生活をしてきた小町にとって、今日の戦いは突然すぎた。いきなりあそこまで動けたこと自体、奇跡に近い。

 ―――ああ、そういえばなんでこうなったんだっけ―――

 真っ白になりそうな思考の片隅で、小町はぼんやりと思い返した。














 秋田小町が住んでいるのは、福島県の郡山市である。中途半端に都会と田舎がミックスされている、一見矛盾した街並み。その外側には、囲むように昔ながらの田園風景が広がっている。理想を具現化したような、しかし住人にとっては何も変哲ではない、自分達の街に他ならない。時折観光に来る人もいるが、あいにくと観光地ではない。よってそれほどお金は回らないのだが、この風景が好きだというリピーターや口コミによる観光客の増加を受け、市が観光地としての開発を打ち出したのは記憶に新しい。

 周囲の大人たちがプラカードや旗を掲げて役所目掛けて歩いていく方向とは正反対の場所に、小町たちが通う学校がある。小さな村の子供たちや、都会方面からやってくる子供たちが主な生徒になり、全生徒数は少子化が叫ばれている昨今、全国平均よりやや高い。東北弁を使う子や、標準語で話す子など、玉石混合である。

「今日も大人たち、役所に行ったみたい」

 最近、「おはよう」の代わりに、呆れ返った口調の言葉がまず交わされる。え、そっちも? うん、こっちも。あ、わたしんちも。おれんちもー。大体、クラスの半分以上が同じ反応を返してくる。中には半ば強制的に駆り出されている親もいるとか。
 
「ね、小町のところは?」

「あたしんところはいつもと同じ。今日も元気に中学校」

 はんたーい、はんたーいと役所前で騒ぐ大人たちとは別の場所で、母は声を張り上げているに違いない。

 小町の母―――秋田加奈子は、娘が二足歩行をし始めた頃、教師の夫が交通事故により他界し、それから再婚もせず娘を女手一つで育ててきた。そこそこ良家のお嬢様で、夢見がちなところもあった為、母や父、親戚たちは再婚を勧めたが加奈子は頑なに拒否。結果的にだが、周囲の不安を余所に娘は無事育ったことで、うるさかった周りは途端に静かになった。

 そしてその影響か、娘は小学生にしては大人びた雰囲気を纏うようになり、加奈子は精神的に逞しくなった。これには、加奈子が夫と同じ教師だったことが多大に関係している。娘の世話と生徒の世話の板挟みで、「負けてなるものか」とある意味世間知らずな部分が働き、功を奏したのである。

 今は、亡き夫が受け持っていた部活動の顧問を勤めている。ええと。小町は何の部活動なのかを説明しようとする。

「確か卓球部だっけ? 小町のお母さんの部活って」

 先に言われてしまった。気分的にアウトだ。

 そう、卓球部である。小さなラケットで小さなピンポン球をカコンカコン打ち合うアレである。

 小町の父親は幼少の砌から卓球を嗜んでいたらしい。腕前がどの程度かは知らないが、秋田静と言えばそこそこ有名だったと母はよく言っている。いまだ母が父を想っている事実に少なからず感動してしまったのは昨日のことであり、比較的暖かな冬の一日だった。

「加奈子おばさん、流されやすそうなのに役所には行かないんだね。ちょっと意外」

「そろそろ冬大会の予選だって言ってたし、普通はそっちを優先するよ」

 母は暇さえあれば卓球の本を開き下線を引き、ビデオを見ては練習の参考にしている。以前、小町は一瞬だけそのビデオを視界の端に引っ掛けたことがあるが、やけにその場面が脳裏に焼け付いている。男の人が、鋭い角度で入った強烈な一撃を難なく返すというワンプレーだ。いったい誰なのか気になったが、集中している母を邪魔しては悪いので後で訊いてみると、見ていたものはどうやら父の試合の様子を撮った映像とのこと。その中の父からは若いというより幼い印象を受けたので、更にいつ頃のものなのかを訊く。母からは「中学生の頃のお父さんよ」と返された。生前に見ようとすると、「恥ずかしいから見ないでくれ」と懇願されたらしい。

 夫が亡くなったから見ているのではなく、夫が一生懸命だったことを終わらせてはならないと、がむしゃらに思っている献身の精神だ。でも、加奈子自身、生徒に新たに覚えたことを教えるのは楽しいらしい。三十五になるにも関わらず、その姿勢は衰えることを知らないのか、最近は益々盛んになっている。ラケットを持って目を煌々と輝かせながら打ち方を解説されたのは三日前の夜のことか。小町は溜息を吐いた。

 一方娘はそんな母に感化されることなく、無難な日々を送っている。家事はするが、卓球をしたことはない。ラケットを握るのは、母に「持ってきてー」と頼まれた時ぐらいだ。だからルールは「落としたら負け」「ワンバウンドさせる」の二つを漠然と覚えている程度である。

 別に嫌いとかそういうわけではない。母を見て思うことは、「大変そうだから手伝おう」ではなく、「あたしにはわからないから家事だけはやろう」になる。

 たかが小学生に大人の手伝いが出来るとは思えない、といった大人びた考えが小町をそう行動させる。自分に出来るのは食器を洗ったりご飯を作ったり掃除をしたり。母に代わって家を守ることぐらいだ。そういう自覚があるのだ。

 加奈子は「たまには遊んでもいいのよ」と言うが、娘は「そんな暇があったら料理のレパートリー増やしたい」と返してくる。取り付く島もない。家事に関しては多大に助けられているので、加奈子もそれ以上は何も言わない。子供は遊ぶのが本業だとよく言われるが、小町にとっての遊びは、友達と街に繰り出す、ではなく、箸とおたまを従えて台所に繰り出す、である。その為、変わってるねーと友達にはよく言われるのだが。

「あ、チャイムだ、先生来ちゃう」

 そんなこんなで始業の時間である。友達は席に戻り、クラスメイトたちは教科書とノートを机上に並べていく。

 空気振動を残して消えていくチャイムを聞き流しながら、今日は何を作ろうか、小町はぼんやりと考えていた。













 気管系が弱い仁科四季は病院通いの日々を送っていたが、晴れてこの方、もう少しで通常値までになる、と快復を告げられた。

 もう少し、と言われた時、四季は平静を装いつつも、心の中ではクラッカーを弾けさせた。

 ただ医者が言うには、残りの一ヶ月間を清廉な環境で過ごし、徐々に快復させなければいけないらしい。そして両親は今話題の、福島は郡山への引越しを決めた。

 バスを降りて初めて直に風景を見た時、四季がまず思ったのは、「田舎だなぁ」と「でも空気がきれい」の二つだった。今まで住んでいた場所は空気が汚いとまではいかないが、ここまでではなかった。思い切り吸い込むと、体の隅々まで清涼さが染み渡るように思えた。ここはいい場所だ。

 わずか一ヶ月の滞在だが、大人になったらこんな場所で暮らしたい、と直感で思った。

 家に向かう途中で車の窓から外を眺めていると、大きい建物が遠くに見えた。母が、あそこが四季の通う学校よ、と教えてくれた。先週まで通っていた学校にいた友達を思い出して少し寂しくなる四季だったが、まあ一ヶ月の辛抱だ、と思うことにした。

 一ヶ月我慢すれば戻ってみんなと遊べるし、炎症が悪化して断念せざるを得なかった、大好きな『あれ』をもう一度始められる。その二つを思うだけで、四季の心は躍った。

「お父さんとお母さん、ちょっと出掛けてくるからね」

 荷物を家の中に運び終わると、両親は四季を置いてどこかへ出掛けていった。おそらくは近所への挨拶と、街の下見だろう。急な引越しだった為、下見の時間はなかった。ただ、良い環境だという周囲の評判のみでの決定だった。もっと計画性を持ってほしいと四季は思う。

 さて、一気に暇になってしまった。一ヶ月という短い間なので、必要な物は現地調達で十分間に合う。よって荷物はさほど多くない。

 ちょっと歩いてみようかな、と考える。ここなら散歩をしても大丈夫だろうし、新しい環境に慣れるのは大事だ。鍵は貰ったし、治安も良さそうだし、出掛けてもまあ大丈夫だろう。

「行ってきまーす」

 誰もいない家に呼びかけてから、四季は鍵をかけた。特に目的地はないが、なんとなく自分が通う小学校に行ってみようと考えた。距離も歩いて二十分くらいだし、散歩には丁度良い。

 それに。

 もしかしたら、友達が出来るかもしれない。

 そんな淡い期待に胸膨らませ、四季は軽快なステップで地面を踏んづけていった。その足取りだけを見れば、誰も彼女が病弱だとは思えない、それほど軽やかな動きだった。














「ひゃ」

 校舎裏でかさかさとうるさい枯葉たちを集めていた小町は、裏門の陰に隠れつつこちらを窺う人影に気付き、小さく叫んだ。

 最初は変質者だ先生に通報だ逮捕だ警察だ取調べだ裁判だーだったが、よくよく見てみると、その人影は自分と同じくらいの背丈の女の子であることがわかった。この薄ら寒い中、一箇所に留まっていると体が冷えて体温が徐々に下がっていくのだが、彼女はどうして動かないのだろうか。それが気になった小町は、気付かないフリをして近付くか、オープンザマインドの精神を以って遠くから接するか考えた。

「……」

 箒を躍らせつつ、「決めた」と呟く。

「お〜い、そこの人〜」

 小町は後者を選んだ。しかし呼ばれた張本人は自分のこととは気付いていないのか、辺りを見回し、他に誰かいるのか探しているようだった。やがて「そこの人」が自分に向けられた言葉であるのを理解したのか、目を大きく見開き、隠れることも忘れて、その場に固まってしまった。丸見えだ。小町は小走りで近付いて、少女に「あの」と呼びかけてみた。返事はない。

「あの〜、もしもし?」

「……ひぅっ」

 小さく鳴かれてしまった。少女は小町を見て、大層驚いたようだ。わたし何かしたっけ? 思い当たる節はないが、もしかしたら突然呼んだのがいけなかったのだろうか?。

「驚かせたならごめんね。でも、さっきからずっとここにいたでしょ? この寒い中」

「あ、……う、うん。驚いたには驚いたけど、あなたのせいでは、ない、です、はい」

 たどたどしい言葉だが、声が小さいわけではない。小町は急かすことなく、次の言葉を待つことにした。

「あの、わたし、今日ここに引っ越してきて」

「うんうん」

「それで、自分の通う学校を見に、来た、の」

「へえ」

 転校生だ。今の時期にしては珍しいが、小町は初めての「転校生との遭遇」に心を震わせているので、そんなことは思いもしない。

 長髪の小町に対して、少女はボブカットの髪型だった。そしてやはり背丈は同じぐらいで、しかし溌剌としている小町とは大きく違い、少女はどこか儚そうな雰囲気を漂わせている。おしとやか、という一文が小町の頭をよぎった。

「……あの、何年生?」

 おしとやかさんはおずおずと訊ねてきた。彼女の表情には、微かな期待と多大な不安が浮き出ている。しかし小町が「六年生だよ」と答えると、彼女の表情が若干明るくなった。

「わたしも、六年生なんだ」

「そうなんだ、じゃあ一緒のクラスになれるかもしれないねー」

 徐々に打ち解けていく両名だったが、直後、大事なことを忘れていたのに気付く。

「あたし、秋田小町。名前でいいよ、よろしくね」

「……わ、わたし、仁科四季。よろしく、おねがい、します。わたしのことも、名前でいいよ」














「仁科四季さん。一ヶ月の間だけど、新しいみんなの仲間だから仲良くね」

 その翌日、四季は新しい学校での門出を迎えた。しかし俯いたまま教室へと入ってきた為か、生徒たちはひそひそと囁きあった。何かあらぬことを言われているのかもしれない、と不安になる四季だったが、一人だけ違うことをしている女子がいた。こっちを見て、微笑んでいる。

(あ……)

 昨日裏門で出会って友達になった人だ。同じクラスだったのだ。良かった、と安堵して、四季は彼女の名前を思い出した。

(確か……秋田さんだっけ)

「それじゃあ、仁科さんの席は、秋田さんの後ろね。あそこの席よ」

「は、はい」

 がちごちに凍りついたまま右手と右足を同時に出す緊張時に見られる典型的行動をし着席する。そしてすぐさま、前の席に座っている女子が振り向いた。秋田小町だ。小声で「同じクラスでよかったね」と言われると、見知らぬ土地で味方を見つけたような気がし、救われた気分になった。

 朝の会が終わると、小町と話していた四季の許にクラスメイトが殺到する。これもまたありがちな光景だった。

 元々人見知りであり、苦手なものの一つに「人混み」を挙げる四季にとってこの行事は恐怖の対象である。しかし転校先でいきなりそれを発揮してしまうわけにもいかない。何事もスタートが肝心なのだ。だから、四季は眩暈を起こしそうになりながらも丁寧に、一つ一つを片付けていった。

 チャイムと同時に解放され、四季は眩暈を我慢することなく、机に突っ伏した。それを見た小町はたいそう慌てたが、四季の「人が多いところ、苦手なの」ですべてを理解した。無理に話させるわけにもいかないので、小町は彼女が回復するのを待つしかない。

 ややあって四季が戻ってくる。その顔色は予想通り冴えないものだった。

「大変だったね」

「う、うん……」

 息も絶え絶えの様子。人混みへの苦手意識はかなりのもののように見える。疲れきった子犬みたい、と錯覚した小町は、なんとはなしに頭を優しく撫でてみた。

「……はぅ」

 四季の口から、心地が良さそうな声が漏れる。小町の胸は内に向かって締め付けられた。














「小町、仁科さんといきなり仲がいいよね」

「まあ、前の席だしね」

 放課の時間になり、クラスが途端に騒がしくなる。小町と四季が和気藹々と話している場面を目撃した女子生徒が不思議そうに訊ねてきた。別に昨日のことを言ってもよかったのだが、なんとなく自分だけの秘密にしておこうと思い、他愛もないやり取りをしながらランドセルにノートや教科書をしまっていった。

 その時後ろから「ぅぅぅ」という唸り声があり、ふと後ろを見やると、四季がランドセルを枕にして悶えていた。どんな表情なのかはわからないが、少なくとも晴れ晴れとしてはいなさそうだ。なんだか見てはいけないものを見てしまった気がしたので、小町は気付かないフリをしながら、帰宅準備を進めることにした。

「あ、委員会始まっちゃう。それじゃわたし行くね。またね小町ー」

「うん、じゃあねー」

 友人が教室を出て行くのを見送り、あたしも行こうかなとランドセルを背負った、その時である。

「あ、秋田さん」

 四季が話しかけてきたが、声が上擦っている。どうやら話しかけるタイミングを図っていたようだ。

「どうかしたの、四季ちゃん」

「え、あ、そ、その……い、一緒に、帰っても、いい?」

「うん、帰ろ」

「……」

「ん?」

「……」

「四季ちゃん?」

「…………」

「おーい」

「……う、うんっ、か、帰ろっ!」

 長い沈黙の後、四季が認識を取り戻す。弾けるような笑顔で、心底から嬉しそうだ。小町もつられたのか、笑顔がこみ上げてくる。

「四季ちゃんって変わってるよね」

 校門を出たところで、なんとはなしに切り出してみた。

 昨日の言動や今日の行動を見る限りでは、十人中九人は第一印象はそうだと言うだろう。

 言われた当人はぽかんと呆け、言葉の意味を理解しているのかしていないのか、曖昧な表情でのたのた歩いている。小町はその様子を窺い、益々その思いを強くした。

「そ、そうかな……」

 小町は段ボール箱に入れられ、こちらを無垢な瞳で見つめてくる子犬を抱きしめたくなる衝動を心で理解した。思わず人目も憚らずかいぐりしそうになるが、なんとか理性を総動員して堪えた。

「……そういや四季ちゃん。昨日、あたしは名前でいいって言ったのに、なんで苗字の方で呼ぶの?」

 なんとか軌道修正に成功し、なおかつそういえば、と気になったことを訊ねる。表情に先程の感情が表れなかったことが救いだった。

 四季はやや困ったように眉を顰め、次に歩きながら考え込み、 そして恐る恐る口を開いた。

「え、えっと……いきなり名前って、その、恥ずかしくて」

 四季は顔を赤らめて、小声で言った。

 そんな付き合い始めのカップルじゃあるまいし、と小町は思うものの、どうやら四季は極端な人見知りであるようなので、それも仕方ないと納得する。

 しかし自分には随分と喋りかけてくるので、友達と思ってもらえているらしい。それが小町にはたいそう嬉しかった。














「それでねー、なんかぎゅーって抱きしめたくなるの」

「あら、そうなの。小町がそこまで言うなんて、随分可愛い子なのね」

 夕食時、ポテトサラダを抓みながらはしゃぐ小町を不思議に思った加奈子が学校で何かあったのかと訊ねると、転校生がやってきて友達になったという。しかもその子がめちゃくちゃ可愛いとか。

 普段は小学生と思えない大人びた雰囲気や立ち回りの小町だが、こうして楽しそうに会話をする様子は年齢通りに小学生らしい。加奈子は自分の娘の幼い一面を垣間見たせいか、笑う小町につられる形で、自分も笑った。

「その子の名前はなんていうの?」

「うん、仁科四季ちゃんっていうんだー」

「へー、おしゃれな名前ね……」

 ふと、母の顔が思案の色に染まるのがわかり、小町は首を傾げて訊ねた。

「どうかしたの、お母さん?」

「うーん、なんか聞き覚えがあるような……。仁科四季ちゃん、よね?」

「うん、それで合ってるよ」

 加奈子は五分ほど考えたが、思い出すことは出来なかった。まあ思い出せないというということは大したものではないだろうと、夕食を再開した。

「もしかしたら有名人なのかもしれないわね、その子。それで聞き覚えがあるような気がしたのかも」

「でも、学校の誰も騒いだりとかしてないよ。うちのクラスってミーハーな奴結構いるのに。それはないんじゃないかな」

「うーん」

 終ぞ納得のいく結論は出なかったが、加奈子は気のせいねと自分自身を頷かせた。













 続く。





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