朧な記憶の1コマに、古びた田舎道がある。その道を歩く私は、白いランニングと半ズボンを着ていて、麦藁帽子をかぶっている。その光景を私は知っていて、おそらくだが記憶の一部分ということも見当がついている。
 どこまでも続いていそうなその道を、私はひとりではなくふたりで歩いていたと記憶している。繋いだ右手。その先に、顔がない人がいた。ない、と言うよりも、翳っていると表す方が適切かもしれない。とにかく、私はその人とふたりで、ずっと道を歩いていた。夕方になっても、夜になっても、夜が明けても歩いている。
 そして気付くと、私はひとりで歩いている。おかしいなと思って振り返ると、その人は遥か後方で佇んでいるのだ。戻らなくては。なぜだかそう思って引き返そうとすると、足が動かなくなる。いつのまにか体も前を向いていて、前方に進むことだけしかできなくなっている。そして急に霧が出てきて、何もかもが見えなくなり。

 そこで我に返る。顔を上げると、目の前にはブルドッグ。驚いて声を上げて、後ずさる。と、ブルドッグはこう言った。
「君、今日残業ね」
 ブルドッグだと錯覚していたのは課長で、私はどうやら今日を入れて4日連続残業のようである。
 結婚して10年目になる家内に電話をし、残業の旨を伝えた。妻は心配そうな声で、あまり無理をしないでね、と言ってくれた。私は、ありがとう、とは言わなかった。
 ひとつ、またひとつと消灯していくオフィス内で、私はパソコンを前に企画書、決算報告、部内の成績一覧を並列で作っていた。徐々に組み合わさって、形になっていく。3時間ほどで作業は終わった。午後10時だった。急げば帰れる時刻だったので、私は鞄に荷物を詰め込み、上着を持って退室し、オフィスに鍵をかけた。がちゃりと閉めたのを耳で確認し、上着を着ながら小走りした。
 会社があるビルを出、駅方面へと駆け出す。冬が近づいてくる気配を肌で感じつつ、腕時計をちらちらをこまめに確認しながら走り続けた。
 駅構内に入ると同時にアナウンスが入った。息を切らせ、汗をかいた私は、改札を通りながらそれを聞いた。
 人身事故発生のため総武線は列車の運行を見合わせております。繰り返します――

 タクシー乗り場は混雑を極め、引く手数多の状態だった。我先にとタクシーに乗り込む飢えた人たちを、私は遠巻きに見ていた。なんとなく夜空を見上げると、妙に星が輝いて見えた。
 なんとなく。歩いて帰ろうと思ったのは、その直後。明日が休みであることは帰る途中に思い出した。
 線路に沿って歩く。昔と違って、整備された道は歩きやすかった。子供の頃のように石を踏みつけて歩くことはなく、親に手を繋がれて安全を確認しながら歩くこともない。ひび割れたアスファルトは影も形も存在すらなくなって、便利になった。
 いつもは満員電車から見る踏切を、次々と徒歩で追い抜いていく。いい年の大人とはわかっていても、妙な高揚感があった。もしかしたら、あの田舎道を歩いていた時の自分もこんな感覚を抱いていたのかもしれない。
 ふと、記憶の1コマの次が勝手に浮かんできた。今まで押し込めていたものだった。
 その日は夕立にあい、今はもうない神社の境内でぽつんと空を見上げていた。しばらくしてから雨とともに雷が鳴り、子供だった私は怖くなって頭を抱えてうずくまった。いつまでそうしていたのかはわからないが、自分を見る視線に気付いたので、また空を見上げた。傘が私に差し出されていた。そして声を聞いた。
 怖かっただろう、大丈夫か?
 その正体は幼い頃に他界してしまった父であった。正確には、私が小学3年生の頃である。顔もわからない父だったが、私の頭にはその大きな手の感触が未だに残っている。不思議なことに、田舎道で手を繋いでいたのは父と言うことも思い出した。
 田舎道は都会の道になって、夏は冬になり、子供は大人になった。記憶を探るが、父のことはそれ以上は思い出せなかった。
 歩いて、時たま走って。家に辿り着いたのは日付が変わる頃だった。チャイムを鳴らさずに鍵を開けて中に入ると、妻がまだ起きていて、労いの言葉とともに出迎えてくれた。そして、あまり無理をしないでね、とまた言った。私は、ありがとう、と言った。

 夕立がやんで雲が流れていくと、空は一気に茜色になった。父の背中に背負われながら、そんな風景を私はまじまじと見ていた。しばらくしてから私は父の背中から降りて、手を繋いだ。その時は、ありがとう、とは言えなかった。

 朝になると、私は重量感と共に目を覚ました。8歳の娘と5歳の息子が乗っかっていたのだ。子供たちは代わる代わるに、ねぼすけおきろー、と私の体の上で飛び跳ねた。枕元の時計を見ると、もう朝の10時を回っていた。私は子供たちを捕まえて布団の中に押し込むと、がおー、と怪獣よろしく唸った。子供たちは大はしゃぎだ。しばらくじゃれ合っていると、妻が呆れたような声で、子供が3人いるみたい、と言った。私は、そうかな、と返した。妻は、そうよ、と言った。なんだか照れくさくなって、私は子供たちと手を繋いで、リビングに出向いた。
 午後になって、妻が買い物に行くらしく、私も手伝うことにした。無論、子供たちも手伝うと言って張り切った。
 家を出て駐車場から車を出そうとしたが、なんとなく、今日は歩いていこう、と持ちかけた。妻は目を丸くしたが、快諾してくれた。子供たちは、歩くの大好きー、と嬉しそうだった。私は、ありがとう、と言った。
 しばらく歩いてから、なんとはなしに妻の手を握った。再び目を丸くした彼女だったが、すぐに握り返してくれた。それを見た子供たちも、私と妻のあまった手をそれぞれ握り締めた。
 田舎道ではなく、舗装された道路。でも、そこは確かに、私と父が歩いた場所だった。夏の日に、父子が歩いた場所だった。今は私自身が父になっていて、子供たちを大層心配する役目を請け負っている。私の父も、こんな気分を味わったのだろうか。
 そう考えてみると、妙に嬉しくなった。
 妻が私の顔を見て、なんだか楽しそうね、と言った。楽しいよ、と素直な気分を述べた。
 
 父が私に言った。楽しいか?
 私は父に言った。楽しいよ!
 ふたりで手を繋いだ夏の日は、まだ、続いている。